完成された、未完のトリオ
ここ数年、渡辺香津美はギタートリオの作品が多い。氏曰く、トリオの良さは鍵盤楽器がなく、音楽的に完成されていない不安定な感じがいいらしい。また3人という小編成ゆえに、各々が魅力的なソリストとして豊かな音楽性と卓越した技量を併せ持つ必要がある。負う役割が多い分だけそれぞれの個性が表出しやすく音楽的な振れ幅も大きい。結果として、演奏者としては心の鮮度を保ちやすいのだろう。
彼のトリオ作品の原点ともいえるのが1987年発表の『スパイス・オブ・ライフ』。キング・クリムゾンに感動し、そのドラマーであるビル・ビラフォードに声をかけたのが発端だった。その際にブラフォードから提案されたベーシストが、本作で約25年ぶりの共演となるジェフ・バーリンだ。その圧倒的なテクニックと多彩なフレイジングは日本中のベーシストを釘付けにした。さらに今作ではジェフ・バーリン同様、アラン・ホールズワースなどとの共演経験があり、トライヴァル・テックへの参加などでも有名なヴァージル・ドナティをドラムに起用している。
アルバムのテイストとしては、『スパイス・オブ・ライフ』の延長線上にあるといってよい。小気味良いカッティングとリフ。ロックフィールがありながらそのフレーズはジャズ。時にプログレッシブであったり、美しくも難解なバラードが彩りを添える。
本作のレコーディング期間はわずか3日間。楽曲の高い難易度や表現の難しさなどは、百戦錬磨の彼らには全く問題にならないのだろう。むしろ、その瞬間瞬間を切り取る“ジャズ”のような音楽においては、無駄に長い準備期間はインプロビゼーションを形骸化してしまいかねない。先日のブルーノート公演でのジェフのコメントが思い出される。「僕たちは、同じメンバーで同じ曲を演奏しても毎回違うんだ。その時々の想いを音にしている。まるでタイトロープダンサーみたいにね」
25年ぶりの邂逅と濃密な3日間から、ベストな演奏を収めた、極めて“ジャズ”なアルバムである。