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映画『17歳』

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公開
2014/01/29   10:00
ソース
intoxicate vol.107(2013年12月10日発行号)
テキスト
text : 山口眞子


「大人なんて大嫌い」「早く大人になりたい」揺れ動く心、そして快楽の未来完了

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©MANDARIN CINEMA-MARS
FILMS-FRANCE 2. CINEMA-FOZ

フランソワ・オゾンの名に初めて触れたのは、彼の初となる長編映画『ホームドラマ』を観た時。一瞬にしてこの映画の持つ求心力から逃れられなくなった。ポップな色彩、お洒落な室内調度など、映像はどこまでも美しいのに、そこに登場する人物達は奇妙でグロテスク、そしておかしい。ある日、父親が連れ帰ったネズミ(何かのメタファーであることは明らか)によりブルジョワ家族は壊れていき、その「まばゆい家庭」を一気にライフル銃でもって粉砕してしまう父親。その晴れ晴れするほどの破壊力と潔さは恐ろしくも、可笑しい。ブラックでシュールに描かれるからこそ、極めて現実的な「家庭」の在り様が浮上するのだ。目に焼き付いて離れない。

以来、オゾンは私のアイドルとなった。彼の撮る映画は次々とスタイルを変えていく。まるでブニュエルのように。そのどれもが息を呑む深淵さなのだ。ニュー・ジャーマン・シネマの旗手ファスビンダーへのオマージュ『焼け石に水』、17歳カップルの理由なき殺人と逃避行を描いた『クリミナル・ラヴァーズ』、シャーロット・ランプリング主演に女の哀しみを描く『まぼろし』、密室ミステリー劇にカトリーヌ・ドヌーヴら大女優を起用してミュージカル仕立てにした『8人の女たち』、やはりランプリング主演で現実と虚構が複層的に絡み合ったミステリー『スイミング・プール』…。冒頭に挙げた『ホームドラマ』にしても、原題は『シットコム』。登場人物のジョーク毎に笑い声が入るアメリカのテレビ連続喜劇ドラマを言うシチュエーションドラマ(シットコム)をパロディにしたものだ。その知性に裏付けされた諧謔性、批判力は尽きることがない。

最近では2012年の作品で今秋日本でも上映された『危険なプロット』でも、監督の、そして私達の「覗き見趣味」を底流させながら、美少年と国語教師の駆け引きがスリリングに描かれ、監督自身のプロットの手際良さをも見せつけた。美少年が内包するガラスの刃をちらつかせながら。


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©MANDARIN CINEMA-MARS FILMS-FRANCE 2. CINEMA-FOZ



そして、最新作『17歳』である。今年のカンヌ映画祭コンペティション参加作品でもあり、主演したマリーヌ・ヴァクトは「カンヌの夜に咲いた昼顔」と称されたらしい。そうブニュエルの『昼顔』を想起させる内容なのだ。彼女は15歳の時にオペラ座界隈の「H&M」でスカウトされ、「イヴ・サンローラン」「クロエ」などのモデルを務め、「イヴ・サンローラン」の香水「パリジェンヌ」のイメージ・モデルにも抜擢された美少女。

そんなオゾンの新たなミューズ、マリーヌ・ヴァクトが演じるのは、母親が医師というブルジョワ階級の家庭に育ち、名門校に通う女子高生イザベル。彼女の1年間の物語だ。「夏」、バカンス先の浜辺。トップレスで寝そべるイザベルを弟が双眼鏡で眺めるシーンから始まる。好きでもない青年と処女を捨てるために浜辺で寝るイザベル。姉の行動が気になって仕方ない、思春期のとば口に立つ弟にデートの際、協力を求め「ママに内緒にしておいてね」。「なぜ?」。「だって私の人生だもの」。彼女はバカンス中に17歳の誕生日を迎える。「秋」、彼女を見つめる男ジョルジュ。彼女の顧客の一人だ。イザベルは年齢を20歳と偽り、赤いルージュにハイヒール、母親のシャツを着て、売春を始める。そんなある日、ジョルジュが行為の最中に死んでしまう。「冬」、彼女の母親の視線。彼女の売春が警察により明らかになったのだ。「春」、義父の彼女を見る男の眼差し…。原題は『Jeune&Jolie』。17歳の放つ「若さと美」を、傲慢に男に差し出すイザベル。彼女はその「若さと美」の脆さをまだ知らない。だって17歳だもの。



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©MANDARIN CINEMA-MARS FILMS-FRANCE 2. CINEMA-FOZ



イザベルの17歳の四季が、彼女を取り巻く他者の視線から始まる。だが、あくまで視座は一貫してイザベルのもの。母親は思春期の娘に対し理解ある態度を取りつつ、娘の心の内は全く見えていない。何不自由ない生活の中で良き母娘を演じ合う二人。何が目的? 何に飢えているの?

教室で、ランボーの詩『ロマン(物語)』が、生徒達によって暗唱されるシーンがある。「17歳にもなれば、真面目一方ではいられない。ビールもレモネードも、まばゆいシャンデリアにさんざめくカフェなんかも糞くらえ!」と始まるこの詩はランボーが16歳の時に書いたものだが(ヴェルレーヌと出逢い関係を持つ前の、女性に恋してのもの)、この時期特有の心身のアンバランス、アンビバレントな繊細な感情の揺れが、ランボーの詩の挿入により、私達にも蘇る。目に見えて現われる身体の発達は、時にグロテスクであり、明るいミライに夢膨らみ「早く大人になりたい」と願えば、大人社会の醜さも垣間見えて「大人なんて大嫌い」と激しく揺れる。心はいつも落ち着かずざわつき、夢見つつ嫌悪し、何かに苛立ち怒り狂っていたあの頃。 

精神科医にかかったイザベル。「その行為より、後で思い出して快感を覚える」と医者に告白しながら、イザベルの視線は、彼の足元から手、そして足や腰と舐め上げて行く。『17歳』の中で最もセクシーと思えた場面だ。女へと脱皮していく17歳の四季を、メランコリーなフランソワーズ・アルディのフレンチ・ポップが効果的に縁取る。内面的でミステリアスな雰囲気のイザベルを演じるモデル出身のマリーヌ・ヴァクト。彼女の憂いを湛える眼差しもまた、何を考えているのかわからず、まさに「17歳」のものだ。

トリュフォー、カサヴェテス、エリック・ロメール…、そしてオゾン!私を惹きつけてやまない監督は、決して観る者を裏切らない。



映画『17歳』

脚本・監督:フランソワ・オゾン 音楽:フィリップ・ロンビ
出演:マリーヌ・ヴァクト/ジェラルディン・ペラス/フレデリック・ピエロ/シャーロット・ランプリング/他
配給:キノフィルムズ(2013年 フランス 94分 R-18)

◎2/15(土)より、新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー
©MANDARIN CINEMA-MARS FILMS-FRANCE 2. CINEMA-FOZ 

http://17-movie.jp/ 

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