〜もうひとつの音楽史〜 ポンセ/チャベス/レブエルタスの響き
メキシコ近代のクラシック音楽がこれほどまとまって紹介される機会はとても珍しい。3月28、30日の2日間にわたり、東京・初台の東京オペラシティで開催される『メキシコ音楽の祭典』では、日本初演のチャベス《ピアノ協奏曲》を含むたくさんのメキシコ音楽が演奏される。28日は『室内楽の夕べ』、30日は『オーケストラ・コンサート』である。例えばポンセの《エストレジータ》など、世界的によく知られた作品もあるが、そのポンセにしても、他の作品はあまり演奏を聴く機会がない。その点で、今回のコンサートは未知の衝撃を与えてくれそうだ。
今回紹介されるメキシコの音楽は主に19世紀末以降に生まれた作曲家たちによる近代的な音楽である。そのはるか以前、アステカ帝国が中南米に覇を唱えていた時代にも、アステカ伝統の音楽はあったのだろうが、それはほとんど伝わっていない。16世紀のスペインによる征服以降、メキシコではスペイン経由で様々なバロック時代の音楽が演奏されていた。スペイン生まれのフアン・グティエレス・デ・パデーリャ(1590〜1664)は中米に移住し、そこで作曲活動を行った重要な作曲家のひとりである。メキシコ人の文化の中に伝えられたリズムやメロディは民衆的な音楽の中に息づき、それが近代の音楽文化の中で再生された。
メキシコの近代音楽の最初を飾る作曲家はマニュエル・ポンセ(1882〜1948)である。メキシコで音楽の初歩教育を受け、その後イタリアとドイツで音楽を学び帰国。母校であるメキシコシティ国立音楽院で教え始め、カルロス・チャベス(1899〜1978)などを育てた。ポンセは1925年にフランスに渡り、パリ音楽院で学んだ。その時代にギタリスト、アンドレス・セゴヴィア(1893〜1987)と知り合った事から、数多くのギター曲を作曲することになる。今回の『メキシコ音楽の祭典』の中では、ポンセの有名なギター曲《南のソナチネ》を始め、ヴァイオリンとピアノのための《ソナタ・ブレーヴェ》、《ガヴォット》、ピアノ曲の《メキシコのバラード》などが28日に、《ヴァイオリン協奏曲》が30日に演奏される。
ポンセの教え子のひとりチャベスは作曲家、指揮者、教育者としても活躍した。ポンセの音楽が洗練されたヨーロッパ趣味を強く感じさせるとすれば、チャベスの音楽はよりメキシコの風土を感じさせる音楽である。30日に日本初演される彼の《ピアノ協奏曲》(1938〜40年作曲)は3楽章形式の協奏曲だが、ピアノの独特の打楽器的なパッセージ、ダイナミックなオーケストラ・サウンドが織り込まれている。第2楽章モルト・レントの冒頭でのハープの音使いも非常にユニークで面白い。この楽章は美しい夜想曲のようなイメージも持っている。28日には彼のギター曲《3つの小品》、ピアノ曲《ワルツ・エレジー》が日本初演される。
シルヴェストレ・レブエルタス(1899〜1940)は悲劇的な人生を送った。ヴァイオリン奏者としても優秀で、アメリカで学んだ後にチャベスの要請によってメキシコ国立交響楽団の副指揮者となる。その時期にチャベスとレブエルタスは数多くの作品を発表している。スペイン内戦が起ると、彼は1937年に反フランコ陣営に参加した。フランコ勝利後にメキシコに戻って来たが、以後は酒浸りの人生となり、1940年に亡くなった。30日に演奏される管弦楽曲《マヤ族の夜》は1939年の同名映画のために書かれた音楽を組曲に仕立て直したもの。4つの楽章は民族的な色彩が濃厚で、レブエルタスの才能の一端が示されている。また《センセマヤ》は1938年の管弦楽曲で、レブエルタスの作品の中で最も親しまれている。キューバの詩人ニコラス・ギレンの詩に基づく作品。ギレンの詩は、アフリカ系カリブ人たちの蛇殺しの儀式の間に歌われる歌を元にしている。単一楽章の作品だが、非常に力強い管楽器の咆哮、打楽器の細かなリズムなどが印象的だ。28日には彼のヴァイオリンとピアノのための《3つの小品》も演奏される。
この他、28日にはルチア・アルヴァレス・ヴァスケスの《ピアノのためのエニグマ》(1992年作品)、マリオ・ルイス・アルメンゴール(1914〜2002)のピアノ曲《キューバ組曲第10&18番》など珍しい作品も演奏される。ヴァスケスはメキシコの様々な映画監督に協力し、数多くの映画音楽を書いていることでも知られる。アルメンゴールはピアニスト、作曲家として活躍した。伝統的なリズム形式を使ったボレロや数々のピアノ曲で親しまれている。 最後になったが、今回出演する演奏家にも触れておこう。ギターは1991年の東京国際ギターコンクールで優勝したファン・カルロス・ラグーナ。ヴァイオリンはその美音で知られるアドリアン・ユストゥス。ピアノのゴンサロ・グティエレスは20世紀音楽に精通している。そしてメゾ・ソプラノのニエベス・ナバーロが華を添える。オーケストラ・コンサートでは、メキシコを代表する指揮者ホセ・アレアンが東京フィルをリードする。メキシコ音楽に耽溺する二日間となりそうだ。
LIVE INFORMATION
『メキシコの音楽の祭典』
■室内楽の夕べ
○3/28(金)19:00開演 会場:東京オペラシティ リサイタルホール
【出演】フアン・カルロス・ラグーナ(g)アドリアン・ユストゥス(vn)ニエベス・ナバーロ(Ms)ゴンサロ・グティエレス(P)
【曲目】[ギター] ポンセ:南のソナチネ(1932) チャベス:3つの小品(1923)* H.バスケス:ソナタ第2番(2006)
[ヴァイオリン&ピアノ] ポンセ:ソナタ・ブレーベ(1932) レブエルタス:3つの小品(1932) ベラスケス:序奏と舞曲(無伴奏)(1981) ポンセ:ガヴォット(1901)
[ピアノ] ポンセ:メキシコのバラード(1915) チャベス:ワルツ・エレジー(1921)* L.Á.バスケス:ピアノのためのエニグマ(1992) アルメンゴール:キューバ組曲第18番(1990)* キューバ組曲第10番《ファンタジー》(1984)*
[メゾソプラノ&ピアノ] ポンセ:しおれた心/エストレジータ(1912) グリーバー:私の魂/さようなら/私に誓って アルメンゴール:ああ愛しい人よ!*/優しさ*/あなたを信じています*
*日本初演
■オーケストラコンサート
○3/30(日)14:00開演 会場:東京オペラシティ コンサートホール
【出演】ホセ・アレアン(指揮)アドリアン・ユストゥス(vn)ゴンサロ・グティエレス(P)東京フィルハーモニー交響楽団
【曲目】レブエルタス:センセマヤ(1938) ポンセ:ヴァイオリン協奏曲(1943) チャベス:ピアノ協奏曲(日本初演/1938-40) レブエルタス:マヤ族の夜(1939)
http://www.operacity.jp/