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リヒター=ハーザー、アスケナーゼ、ケンプ、フォルデス…MELOCLASSIC新譜ピアノ9タイトル!

カテゴリ : ニューリリース

掲載: 2020年11月12日 15:00

メロクラシック

ヒストリカル・ファン待望のMELOCLASSIC新譜がようやく発売になります。新型コロナ・ウィルスの影響で大幅に制作が遅れておりました。ピアノ編が全9タイトル、ヴァイオリン編が8タイトル、チェロ編が1タイトルの計18タイトルが一挙発売です!
ここではピアノ編全9タイトルをご紹介いたします。全てモノラル録音。簡易収納紙ケースを使用しています。
(タワーレコード)

「東ドイツにおける伝説的ソ連のピアニスト 1953-1960」

(1)ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番 ニ短調 Op.30
 ニーナ・エメリヤノヴァ(ピアノ)
 ヘルマン・アーベントロート(指揮)ベルリン放送交響楽団
 1953年11月15日 東ベルリン 放送用スタジオ録音
(2)チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 Op.23
 タチアナ・ゴルドファルブ(ピアノ)
 フランツ・コンヴィチュニー(指揮)ベルリン放送交響楽団
 1955年4月21日 東ベルリン 放送用スタジオ録音
(3)ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番 Op.73 変ホ長調 「皇帝」
 レフ・オボーリン(ピアノ)
 ヘルベルト・ケーゲル(指揮)ベルリン放送交響楽団
 1960年10月23日 東ベルリン 放送用スタジオ録音
(4)モーツァルト:ピアノ協奏曲第22番 変ホ長調 K.482
 タチアナ・ニコラーエワ(ピアノ)
 オトマール・スウィトナー(指揮)シュターツカペレ・ドレスデン
 1960年10月30日 ドレスデン 放送用スタジオ録音

※ソ連のピアニスト好きのみならずピアノが好きな人たちに全員にたまらない2CD。モスクワ音楽院の門下生である4人のピアニストが東ドイツで行った録音が収録されている。
圧巻はニーナ・エメリヤノヴァ(1912―1998)。彼女は、1915年生まれのスヴャトスラフ・リヒテル、1916年生まれのエミール・ギレリスと並んでソ連の1910年代生まれのピアニストを代表する一人だが、極めて卓越したピアニストでありながら国際的活躍をせず、録音もほとんど知られておらず、専ら名教師(母校モスクワ音楽院の教授を長年務めた)としてばかり知られていた。したがってこのベルリンでのラフマニノフのピアノ協奏曲第3番の録音は大変貴重。ややピアノの遠い録音でも彼女の高度な技術と女性的な情熱溢れる強い表現意欲が良く伝わってくる。伴奏が巨匠ヘルマン・アーベントロートというのがまた凄い。
タチアナ・ゴルドファルブ(1914―1964)も強烈だ。ウクライナのオデッサ生まれ。モスクワでゲンリフ・ネイガウスに学び大きな影響を受けた。1937年のショパン・コンクールで第9位入賞。しかし程なくして第二次世界大戦が勃発。戦後も西側に出ることはなかった。1958年からジョージア(グルジア)のトビリシ音楽院で指導にあたり、さらに49歳の若さで亡くなってしまったため、幻の名ピアニストになってしまった。この1955年のチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番は実にスリリング。これぞソ連のピアニストと言うべき強靭なゴルドファルブのピアノが、じっくり腰を据えたフランツ・コンヴィチュニー指揮のオーケストラと何度もぶつかり合う。こうした競争タイプの協奏曲も実に楽しい。そしてこの録音を聞くだけでゴルドファルブの名前は確実に頭に刻み込まれるだろう。
レフ・オボーリンとタチアナ・ニコラーエワについては多くを語る必要はないだろう。オボーリンがヘルベルト・ケーゲルと共演したベートーヴェンの皇帝協奏曲、ニコラーエワがオトマール・スウィトナー指揮のシュターツカペレ・ドレスデンと共演したモーツァルトのピアノ協奏曲第22番は、どちらもそれぞれだけで大きな話題にとなるお宝音源だ。

「ハンス・リヒター=ハーザー ドイツでのピアノ・リサイタル 1948-1970」

ウェーバー:ピアノ・ソナタ第2番 変イ長調 Op 39
1953年7月20日 シュトゥットガルト 放送用スタジオ録音
ハイドン:アリエッタと20のヴァリエーション イ長調 Hob.XVII:2
ショパン:演奏会用アレグロ イ長調 Op.46
1953年5月18日 ハンブルク 放送用スタジオ録音
ブラームス:ピアノ・ソナタ第3番 ヘ短調 Op 5
1954年11月5日 フランクフルト・アム・マイン
ベートーヴェン:幻想曲 ト短調 Op.77/リスト:6つの慰め
1960年1月20日 ハンブルク 放送用スタジオ録音
モーツァルト:ロンド イ短調K.511/
ベートーヴェン:アンダンテ・ファヴォーリ ヘ長調WoO57/シューマン:交響的練習曲Op.13
1970年12月4日 ハンブルク 放送用スタジオ録音
ドビュッシー:喜びの島
1958年11月14日 ハンブルク 放送用スタジオ録音
ドビュッシー:2つのアラベスク
1960年2月25日 バーデン=バーデン 放送用スタジオ録音
スクリャービン:ピアノ・ソナタ第10番 Op 70
1957年10月14日 フランクフルト・アム・マイン 放送用スタジオ録音
スクリャービン:悪魔的詩曲 Op.36
1948年12月15日 フランクフルト・アム・マイン 放送用スタジオ録音

ハンス・リヒター=ハーザー(ピアノ) 155'55
※ドレスデン生まれの名ピアニスト、ハンス・リヒター=ハーザー(1912―1980)はベートーヴェン弾きとして名高く、残された録音もベートーヴェンがとても多く、これにブラームスが続く。しかし彼のレパートリーは独墺系に留まるものではなく、もっとたくさんの作曲家を聞きたいというファンの願いは強かった。このCDでは、ウェーバーの素敵なピアノ・ソナタ第2番、シューマンの交響的練習曲、ショパン、リスト、ドビュッシー、そしてスクリャービンも収められ、この名ピアニストに広く接することができる。もちろんブラームスのピアノ・ソナタ第3番は極めつけ。

「ステファン・アスケナーゼ ドイツでのピアノ・リサイタル 1952-1968」

ショパン:12の練習曲 Op.10
1959年12月1日 フランクフルト・アム・マイン 放送用スタジオ録音
ショパン:夜想曲集
(夜想曲 変ロ短調Op.9-1/夜想曲 変ホ長調Op.9-2/夜想曲 ロ長調Op.9-3/
夜想曲 ヘ長調Op.15-1/夜想曲 ト短調Op.15-3/夜想曲 ロ長調Op.32-1/
夜想曲 変イ長調Op.32-2/夜想曲 ト短調Op.37-1/夜想曲 嬰ヘ短調Op.48-2)
1962年2月2日 ハンブルク 放送用スタジオ録音
ショパン:ポロネーズ 嬰ヘ短調 Op.44
1952年4月26日
ショパン:ワルツ集 (変ニ長調Op.64-1「小犬のワルツ」/嬰ハ短調Op.64-2/ワルツ変イ長調Op.34-1 「華麗なる円舞曲」)
シューマン:クライスレリアーナ Op.16
1955年9月9日  ハンブルク 放送用スタジオ録音
ラヴェル:高雅で感傷的なワルツ/ソレール:ソナタ 嬰ヘ長調 R90,嬰ハ短調 R21
1968年5月5日 ベルリン 放送用スタジオ録音

ステファン・アスケナーゼ(ピアノ) 157'30
※ステファン・アスケナーゼ(1896-1985)は、当時オーストリア=ハンガリー帝国領だったレンベルク(現在のウクライナのリヴィウ)生まれのピアニスト。レンベルクは元々ポーランド王国の都市でポーランド文化も色濃く残っており、アスケナーゼはポーランド生まれのショパンを敬愛しショパン弾きとして一世を風靡した。一方で彼は帝国の首都ウィーンで学んだことでオーストリアのピアニストの性格も強く、ポーランドのピアニストのように祖国愛を前に出したショパンでも、フランスのピアニストのように華麗なショパンでもなく、しっとりとした情感に満ちた深みのあるショパンを奏でた。二度の世界大戦に巻き込まれたため最も活躍したのは1950年代で、この頃DGが彼を起用して集中的にショパンを録音した。しかし99歳で亡くなる頃には知る人ぞ知るピアニストになってしまった。この2CDには全盛期のアスケナーゼのショパンがたっぷり収録されている。練習曲 Op.10は昨今のショパン演奏からすると地味に感じられるかもしれないが、落ち着き払った上品な味わいが素晴らしい。夜想曲はまさに月夜のロマンティシズム。そうしたアスケナーゼの特色は、おそらく商業録音では残さなかったラヴェルの高雅で感傷的なワルツでなお一層顕著。明るく色彩的なラヴェルの音楽が夜の光に照らされたように妖しく光っている。

「伝説的フランスのピアニスト」

サン=サーンス:ピアノ協奏曲第2番 ト短調 Op.22
マドレヌ・ド・ヴァルマレート(ピアノ)、アンドレ・オードリ(指揮)フランス交響楽団
1959年7月11日 マルセイユ ライヴ録音
モーツァルト:ピアノ協奏曲第9番 変ホ長調 K.271 「ジュナミ(ジュノム)」
マドレヌ・ド・ヴァルマレート(ピアノ)
エリック・ポール・ステクル(指揮)RTFフィルハーモニー管弦楽団
1962年8月20日 パリ ライヴ録音
フランク:交響的変奏曲
モニク・アース(ピアノ)、アントン・ケルシェス(指揮)アムステルダム芸術月間管弦楽団
1964年1月5日 アムステルダム ライヴ録音
モーツァルト:
ピアノ四重奏曲第1番 ト短調 K.478/ピアノ四重奏曲第2番 変ホ長調 K.493
モクニ・アース(ピアノ)、パスキエ三重奏団【ジャン・パスキエ(Vn)、ピエール・パスキエ(Va)、エティエンヌ・パスキエ(Vc)】
モーツァルト:ピアノと管楽のための五重奏曲変ホ長調K.452
モクニ・アース(ピアノ)、フリッツ・フィッシャー(Ob)、ヴァルター・トリープスコルン(Cl)、
ヴェルナー・ビュットナー(Hr)、ヘルベルト・アントン(Fg)
1956年7月2日 ルートヴィヒスブルク ライヴ録音
ラモー:ガヴォットと6つのドゥーブル/クープラン:神秘の障壁,ティク・トク・ショク
モニク・アース(ピアノ)
1950年5月13日 シュトゥットガルト 放送用スタジオ録音
(150'24)
※フランスのピアニスト、マドレヌ・ド・ヴァルマレート(1899-1999)とモニク・アース(1909-1987)の1960年前後の録音を収録。特にド・ヴァルマレートの録音が貴重。
ヴァルマレートはパリ近郊モントルイユの生まれ。1907年(つまり8歳くらい)からパリ音楽院で徹底した英才教育を受け、1911年にはイシドール・フィリップの門下生となる。1913年には音楽院の一等賞を受けている。両大戦間には国際的に華々しく活躍していた。第二次世界大戦中はフランス国内に留まらざるを得なかったし、第二次世界大戦後はエコール・ノルマルやグルノーブル音楽院などで教職に就いたとはいえ、あまりにも録音が少なく幻の中の幻のピアニストだった。ちなみに彼女はマルセイユに住み、100歳の誕生日を迎えた5日後に亡くなった。粋で洒落たサン=サーンスのピアノ協奏曲第2番も素晴らしいが、ド・ヴァルマレートの美質はモーツァルトのジュナミ協奏曲の方がよく表れている。これほどに柔らかく夢見心地のモーツァルトのピアノは他にない。
モニク・アースは、パリ生まれでラザール・レヴィ門下の名高いピアニスト。ERATO録音のドビュッシートラヴェルの網羅的な録音は今日でも名盤として親しまれている。フランス音楽を得意とする一方、アースはモーツァルトも素晴らしく、Meloclassicから発売された過去のCD(MC 1006,MC 1024)でも洗練されたモーツァルトを聞かせてくれたが、室内楽の録音は珍しい。パスキエ三重奏団と共演したピアノ四重奏曲は今一つ冴えない録音にもかかわらずパリ流モーツァルトの洗練美を堪能できる。そして彼女がおそらく商業録音を残さなかったフランクの交響的変奏曲も貴重。

「ヴィルヘルム・ケンプ フランスでのピアノ・リサイタル1955―1961」

ヘンデル:調子の良い鍛冶屋/ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第30番 ホ長調 Op.109/
シューベルト:ピアノ・ソナタ第13番 イ長調 D.664/リスト:詩的で宗教的な調べ~葬送/
リスト;巡礼の年第3年~エステ荘の噴水/ブラームス:幻想曲集 Op.116
1955年9月2日 ブザンソン ライヴ録音
ヘンデル:シャコンヌ ト長調 HWV.435
バッハ(ケンプ編):シチリアーノ(フルート・ソナタ 変ホ長調 BWV.1031から)
バッハ(ケンプ編):目を覚ませと声が私たちを呼ぶ
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第18番 変ホ長調 Op.31-3
ブラームス:ロマンツェヘ長調Op.118-5,間奏曲変ロ短調Op.117-2,間奏曲ハ長調Op.119-3
シューマン:交響的練習曲 Op.13
1961年7月21日 フランス,サン・マロ ライヴ録音

ヴィルヘルム・ケンプ(ピアノ) 157'26
※20世紀ドイツの偉大なピアニスト、ヴィルヘルム・ケンプ(1895―1991)がフランスで行ったリサイタル2種のライヴ録音(ただし拍手はまったく入っていない)。ブザンソンでの録音ではやはりベートーヴェンのOp.109が当然のことながら大家の見事な演奏。しかしここで一番の驚きなのはリスト。ケンプはリストをいくらか商業録音で残しているが、「エステ荘の噴水」はこれまでなかったのではないだろうか。きらめく水の戯れを美しいモノクロ映像で撮影したようなドイツ的幻想味の色濃い演奏は大変魅力的。サン・マロでの録音はほぼ全部ドイツもの。ひたすらケンプの得意な曲が続く至福の時間が味わえる。なおどちらも冒頭に短い放送アナウンスが収録されている。

「アンドール・フォルデス ドイツでのピアノ・リサイタル 1950-1968」

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第25番 ト長調 Op.79
1950年10月26日 フランクフルト・アム・マイン 放送用スタジオ録音
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第9番 ホ長調 Op.14-1
シューマン:トッカータ ハ長調 Op.7
1952年10月20日 フランクフルト・アム・マイン 放送用スタジオ録音
ベートーヴェン:創作主題による32の変奏曲 ハ短調 WoO.80
リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調
ドビュッシー:2つのアラベスク,レントより遅く
1968年4月3日 ブレーメン 放送用スタジオ録音

アンドール・フォルデス(ピアノ) 74'37

※アンドール・フォルデスのベートーヴェンを中心とした録音を集めている。アンドール・フォルデス(1913-1992)はハンガリー、ブダペスト生まれのピアニスト(姓は本来はoにウムラウトが付いてフェルデシュと読む)。若くして成功を収め、欧州楽旅に出ていたところで第二次世界大戦が勃発、米国に移り1948年には市民権も得た。しかし戦後の活動は欧州ことにドイツが中心である。1950年代初頭の録音では、いかにもハンガリー系らしく気合の入った前へ前へと進む快演を披露している。1968年の録音になると、明快さはそのままに音楽に深みがグッと増している。フォルデスの弾くドビュッシーは珍しいだろう。ドビュッシーにありがちな曖昧模糊とした雰囲気を一掃したキッパリサッパリした演奏で、まるで解像度が上がったようなドビュッシー。これもたいへん面白い。

「ポルディ・ミルトナー ドイツでのピアノ・リサイタル 1955-1959」

ショパン:ワルツ 変ニ長調 Op.70-3,ワルツ 変イ長調 Op.42
リスト(ローゼンタール編):スペイン狂詩曲
ローゼンタール:ウィーンの謝肉祭
スメタナ:ポルカ第3番 イ短調,ポルカ第3番 ヘ長調
スクリャービン:練習曲 変ニ長調 Op.8-10,練習曲 嬰ニ短調 Op.8-12
プロコフィエフ:悪魔的暗示 Op.4-4
1955年12月9日 ハンブルク 放送用スタジオ録音
リスト:オベールの「ポルティチの物言わぬ娘」のタランテッラによるブラーヴラ風タランッテラ
フランク:前奏曲、フーガと変奏 Op.18
プーランク:ナポリ組曲
1959年11月19日 ハンブルク 放送用スタジオ録音
ドビュッシー:映像第1集
1955年12月8日 ブレーメン 放送用スタジオ録音

ポルディ・ミルトナー(ピアノ)(79'37)

※Meloclassicによるポルディ・ミルトナー(1913―2007)の第2弾(第1集 MC 1022)。ポルディ・ミルトナー(ポルディはレオポルディーネの愛称)はウィーンの生まれ。14歳の時のデビュー公演がチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番だったというのだから驚きだ。天才少女として名を馳せ、十代から華々しい活躍を成したが、ナチによるオーストリア併合の際にユダヤ人音楽家たちとの関係の深さが問題視され亡命を余儀なくされた。最終的にアルゼンチンに移住。戦後はヨーロッパでの活動も再開しているが、華々しい活躍はできなかった。フランクフルト音楽大学やマインツ大学で教職に就きながら、長く現役を続けたものの、残された録音は片手で収まる程度。Meloclassicが発掘するまで忘れ去られていた。

「ジョン・オグドン ルートヴィヒスブルクでのリサイタル 1967」

バッハ:半音階的幻想曲とフーガ ニ短調 BWV.903
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第29番変ロ長調Op.106「ハンマークラヴィーア」
ショパン:12の練習曲 Op.25

ジョン・オグドン(ピアノ)
録音:1967年7月8日 ドイツ,ルートヴィヒスブルク ライヴ録音 (79'45)

※英国のピアニスト、ジョン・オグドン(1937―1989)は、1962年の第2回チャイコフスキー国際コンクールピアノ部門で第1位をウラディミール・アシュケナージと共に受賞し、それに続いて1960年代から1970年代初頭にかけてヴィルトゥオーソ・ピアニストとして目覚ましい活躍をしたピアニストである。しかしその後心身の不調に陥り、さらには52歳で亡くなってしまったことで、彼の本領を示した録音は多くない。この1967年のルートヴィヒスブルクでのライヴ録音(ただし拍手はまったく含まれない)ではオグドンならではの豪快さと知的さが融合した音楽が楽しめる。このCDでは、オグドンが商業録音を残さなかったショパンのOp.25の練習曲が貴重。ベートーヴェンのハンマークラヴィーア・ソナタはRCA録音のちょうど2か月前のもの。モノラルながら音質はまずまず良好。

「ヤーラ・ベルネッテ ドイツでのピアノ・リサイタル 1961-1971」

バッハ:パルティータ第2番 ハ短調 BWV.826
1961年1月4日 ハンブルク 放送用スタジオ録音
モーツァルト:幻想曲 ハ短調 KV 396
1962年1月24日 ハンブルク 放送用スタジオ録音
シューマン:蝶々 Op.2/
ヴィラ=ロボス:ショーロス第5番,道化人形,カボークロの伝説
グァリニエリ:黒人の踊り
1964年2月25日 シュトゥットガルト 放送用スタジオ録音
プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ第3番 イ短調 Op.28
1971年10月6日 フランクフルト・アム・マイン 放送用スタジオ録音

ヤーラ・ベルネッテ(ピアノ) (79'02)
※ヤーラ・ベルネッテ(1920-2002)のたいへん貴重な録音集。ヤーラ・ベルネッテは米国ボストンの生まれ。本名はヤーラ・バーネット・エプスタイン。彼女の叔父ホセ・クリアスはブラジルに移住したロシア生まれのユダヤ人で、リストの弟子マルティン・クラウス(クラウディオ・アラウの師匠としても知られる)に学んだ。クリアスは姪の才能を見抜き英才教育を施した。その甲斐あってベルネッテは天才少女として名を馳せ、十代から合衆国とブラジルで人気を博した。1955年、パリで欧州デビュー、以降活躍の場をドイツを中心とした欧州とブラジルに移す。ドイツでも彼女は人気でベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会で何度か協奏曲を演奏している。その後1972年から1992年までハンブルク音楽院で指導に当たり、ブラジルに戻った。
ヤーラ・ベルネッテが残した録音は僅かだが、数年前に1969年にDGに録音したラフマニノフの前奏曲集が復活してピアノ・マニアを喜ばせた。このCDには1960年代前半、ベルネッテ40代前半の充実した演奏が収められている。高い技術力を持ちながらそれを誇示するのではなく、バランスの良い音楽を作るタイプのピアニストで、味わい深い演奏が聴ける。