初のベスト・アルバムをドロップするR・ケリーの人生劇場コマ送り
ここがスタート!!
69年、シカゴに生まれたロバート・ケリーくん。バスケットボールに没頭し、第二のマイケル・ジョーダンになることを夢見ていたが、怪我によって選手生命を絶たれてしまう。挫折した彼が持っていたもうひとつの素晴らしい才能を見い出したのは、ハイスクールの音楽教師でした……。(出嶌)
メジャー・デビュー!! でも4人組
R.KELLY & PUBLIC ANNOUNCEMENT 『Born Into The 90's』 Jive(1992) パブリック・アナウンスメントとの連名による記念すべきファースト・アルバム。ニュー・ジャック・スウィング(NJS)期のR・ケリーを存分に楽しむならこれ。前半のダンサブルなアップ連発が痛快このうえなく、特に“She's Got That Vibe”は隆盛を誇ったNJSブーム最後の名曲!! 後半には“Slow Dance”など後の彼に繋がる好スロウもしっかり収録。(久藪)
捨てられたけど……
ケリーが躍進していく影でみんなに忘れられていたパブリック・アナウンスメントは、苦闘の末に98年大復活! メンバー交代などを経ながら2枚のアルバムをリリースしています。よく頑張った!!(出嶌)
いきなりツルツル! 勃起入道の12プレイ
R.KELLY 『12 Play』 Jive(1993) やっぱりオレはオンリー・ワン!!ってな具合でソロに転向。全米だけで500万枚のセールスを上げた本作から自由奔放に湧き出る思想は〈性愛〉。あれほどニュー・ジャックだった音も、その思想を強調するかのように究極のメロウに変身!! “Bump 'N Grind”なんてどうします? とんでもない彼のエロチシズムが絶頂を極め、ここからキワどいエロ伝説が始まった。(久藪)
ケリー史上最大のラヴ・ロマンス!?
AALIYAH 『Age Ain't Nothing But A Number』 Jive(1994) ケリーがプロデューサーとしても成功を収めた最初の一歩が、故アリーヤのデビュー作。後見人ハンカーソンの姪でもある14歳のお嬢……だけど、年齢差や立場を超えて落ちる恋もあるのよ。誰もが真相を語らない〈結婚〉の末に別離を強いられた両者の運命はこの時から狂いはじめた、のかも。(出嶌)
聖俗ゴチャマゼにいよいよやりたい放題!!
R.KELLY 『R.Kelly』 Jive(1995) マイケル・ジャクソン“You Are Not Alone”を全米1位に送り込み、プロデューサーとしても大物ぶりを発揮、勢いづくなかでの3作目。ノトーリアスBIGとの共演などを挿みつつ、ほとんど全編をスムースなスロウで固め、美しくエロい魅力が充満している。敬愛するロナルド・アイズレーとも“Down Low”で必然的遭遇を果たし、ここに最強のエロ・タッグが誕生!!(久藪)
プロデューサーとしての第一期黄金時代
この頃のケリーはプロデューサーとしても引っ張りだこになり、チェンジング・フェイセス“Stroke You Up”やジャネット・ジャクソン“Anytime Any Place(Remix)”が大ヒット。ケリー効果はR&B全体のBPMをグングン下げ、R&Bはスロウ偏重の時代となります。片やマイケルの“You Are Not Alone”やトニ・ブラクストン“I Don't Want To”のような文部省推薦系ビッグ・バラードもこの時期に編み出し、この路線が自身の大ヒット“I Believe I Can Fly”(96年)へと続いていくのです。(出嶌)