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David Lynch

カテゴリ
o-cha-no-ma ACTIVIST
公開
2011/05/11   14:42
更新
2011/05/11   20:31
ソース
intoxicate vol.90 (2011年2月20日発行)
テキスト
text :小野田雄

果たして本気なのか? シャレなのか? 〜いよいよダンスフロアにリンチが降臨

音楽ファンにとって、映画監督のデヴィッド・リンチといえば、彼の映画作品における実に美しく、同時に奇妙でもある楽曲の起用を思い浮かべる方は少なくないだろう。表層的なストーリーをはぎ取り、断絶させた先で深層心理に訴えかける彼の映像美は、そこで流れる音楽と分かちがたく結ばれ、観る者の精神を激しく揺さぶる。もちろん、ほとんどの映画作品が映像を補完するために音楽を用いているわけだが、リンチ作品にあって、そのシンクロの度合いは驚くほどに高く、音楽に対する彼の並々ならぬ愛情が感じられると同時に彼の作品からは忘れ得ぬ名曲、ヒット曲が生まれている。なかでも、後に映画化もされた人気テレビ・ドラマ『ツイン・ピークス』に大フィーチャーしたジュリー・クルーズ《フォーリング》は、快楽と退廃が同居したゴシックなドリーム・ポップとして多くの視聴者の記憶に焼き付けられた名曲だ。ジュリー・クルーズとは1986年の映画『ブルー・ヴェルヴェット』を皮切りに、オリジナル作品においても、リンチお抱えの作曲家であるアンジェロ・バダラメンティとのコンビで彼自身もたびたび作詞を行っている。

また、1990年の映画『ワイルド・アット・ハート』においては、『ツイン・ピークス』で保安官役を演じたロックンロール・シンガー、クリス・アイザックの《ウィキッド・ゲーム》をフィーチャー。ほの暗い官能性を妖しく放つこのノワールなカントリー・チューンは、映画起用をきっかけに、全米トップ10ヒットを記録するなど、彼の存在を全世界に知らしめることに。そんな2アーティストの起用から全てを判断するわけではないが、デヴィッド・リンチは、過去に使用した楽曲から考えるに、ジャズやブルーズ、50年代のロックンロールやロカビリーといったアメリカのルーツ・ミュージックの陰の部分に魅了されている節があり、イギリスを代表するレーベル、【4AD】に象徴されるゴシック・ミュージックの信奉者であることは間違いなさそう。ただし、彼以外の人間にとっては唐突に思える行動に出ることも、また彼の個性であり、2001年には自身の会員制サイト、davidlynch.comにて、エンジニアのジョン・ネフと組んだユニット、ブルー・ボブ名義のアルバム『ブルー・ボブ』を発表。ストーナー・ロックばりの重厚にしてスモーキーな楽曲で、全編にわたって分裂気味の歌を披露して、ファンを大いに驚かせた。また、2008年には自身のレーベル、【デヴィッド・リンチMC】を設立。映画『ツイン・ピークス ローラ・パーマー最後の7日間』に登場したミュージシャンからなるフックス・バット・ストラトジーによるアルバム『A Tribute to Dave Jaurequi』、そして映画『インランド・エンパイア』(サウンドトラックは彼が作曲を手がけたオリジナルを収録し、自主制作でリリースされた)からスピンアウトしたイメージ・アルバムのごとき、マレク・ゼレノフスキーとの共作アルバム『ポリッシュ・ナイト・ミュージック』をリリース。さらに急逝したスパークルホースことマーク・リンカスとデンジャーマウスのユニットによる2009年リリースのアルバム『ダーク・ナイト・オブ・ザ・ソウル』においては、アートワークを手がけるばかりか、ヴォーカリストとしても参加。インタヴューの場においては、ニューヨークはブルックリン出身の女性3人組バンド、オ・ルヴォワール・シモーヌがフェイヴァリットであることを公言するなど、音楽への歩み寄りが続いていた。

そんななか、これまた唐突に登場するのがデヴィッド・リンチその人による音楽作品『グッド・デイ・トゥデイ/アイ・ノウ』だ。先に述べた【4AD】で長らくアートワークを手がけてきたヴォーン・オリヴァーによるゴシックなパッケージに包まれた本作に収録されているのは2曲のオリジナルとアンダーワールド、サイモン・ラトクリフ(ベースメント・ジャックス)、サシャ、ボーイズ・ノイズ、スクリーム、ジョン・ホプキンス、ディスクヨッケ、ロブ・ダ・バンク&ダン・ル・サックという8組による全方位的なリミックス。そして、肝心のオリジナル曲であるが、タイトル曲が近年のリンチ作品の映画音楽を手がけるディーン・ヒーリーによるディープ・テック・ハウスであるのに対して、もう1曲の《I Know》は映画『イレイザーヘッド』以来、たびたびソングライティングを行ってきたリンチの作詞作曲によるダークかつブルージーなダウンテンポだ。サウンドのモダンな意匠に驚かされつつも、視覚表現と聴覚表現の違いはあれど、独特な世界に沈み込むかのような作風は、実に彼らしい。出来ることならアルバム・サイズで聴きたかったところではあるが、こちらの期待を裏切ってくれるところもまた、さすがのデヴィッド・リンチである。