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ブロードウェイ・ミュージカル『太平洋序曲』

カテゴリ
o-cha-no-ma ACTIVIST
公開
2011/06/20   19:28
更新
2011/06/24   11:38
ソース
intoxicate vol.92 (2011年6月20日発行)
テキスト
text :東端哲也

ブロードウェイ・ミュージカル『太平洋序曲』〜運命さえ感じる恐るべきテーマ性と夢のキャスティング

2011年1月横浜の地に誕生した新しい舞台芸術創造の場〈神奈川芸術劇場〉(愛称KAAT)。初代芸術監督でもある宮本亜門がそのオープニング第1弾ミュージカルとしてあの『太平洋序曲』を再演し大いに話題を集めている。そもそもこの作品のオリジナルはソンドハイム(作曲/作詞)が日本に造詣の深い台本作家ジョン・ワイドマンと組んで70年代に上演した実験作。亜門版は2000年に新国立劇場において日本語版として初演され、ソンドハイム本人の強い推薦によって2002年にNYとD.C.で上演が実現。その成功を受けてアジア系アメリカ人キャストでブロードウェイに進出し、2005年のトニー賞に4部門ノミネートという快挙を成し遂げた。

この作品の実験性は(単に耳を惹く美しい旋律の羅列ではなく)演劇のドラマと深く絡み合ったソンドハイムならではの独創的な音楽世界と、幕末~開国に至る激動の日本史を米国人の視点で描くという斬新さにあったが、それを日本人しかも基地問題で揺れる沖縄を本籍地に選んだ宮本亜門が、当時、真珠湾攻撃の再来とも呼ばれた〈9.11〉の傷跡生々しい場所で再構築した意義も深い。

物語の魅力は、魚釣り好きの素朴な男である浦賀奉行所の与力・香山弥左衛門と米国帰りの進歩的な青年・ジョン万次郎が、ペリー率いる黒船の来航で艦隊との交渉役に任ぜられ、開国後の激流の中で次第にそれまでの思想や生き方に変化を起こし、最後には皮肉にも…云々。

もちろん、商業主義に囚われない公立劇場だからできるお堅い社会派作品というわけではなく、エンターテインメントとしての魅力もふんだんに。島国日本を意識した能舞台のようなステージ。広い花道を威圧感に溢れた黒船がどのように押し寄せて来るか、ぜひお楽しみに。また混乱の中で新しい顧客開拓に余念のない遊郭の歌《ウェルカムトゥ神奈川》や第2幕で米国に続けと様々な国が怒濤のように開国を迫りにやって来るシーン、そして英国人水兵がある家で娘を見初めて歌う(その後に起こる恐ろしい悲劇とは真逆の)麗しいナンバー《プリティ・レディ》等、見所や聴き所が目白押しだ。

そして物語の最後に用意されている一大スペクタクル・ナンバー《ネクスト》こそがこの作品の描きたかった真のテーマ。260年間という長きにわたって閉ざされていた鎖国の扉を開けさせられた日本人が、何を失って何を得たのか? その結果どうなったのか? 何をして何をされたのか? 結局私たちは〈次に〉一体どこに向かおうとしているのか? といった終わることのない問題提起が投げかけられる。

今まさに、世界中が震災後の日本の動向を固唾を呑んで見守っているこの状況下の中で、黒船来航の地・神奈川で観るべき作品としてこれ以上ふさわしいものはないだろう。八嶋智人(香山)、山本太郎(万次郎)以下、話題性のある実力派キャストが大集合なのも魅力的。


『太平洋序曲』

演出・振付:宮本亜門
台本:ジョン・ワイドマン
作詞・作曲:スティーブン・ソンドハイム
出演:八嶋智人/山本太郎/麻乃佳世/田山涼成/桂米團治/他
6/17(金)~7/3(日)
会場:KAAT神奈川芸術劇場ホール 
http://www.kaat.jp/