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映画『トランス』

カテゴリ
EXTRA-PICK UP
公開
2013/09/12   18:00
ソース
intoxicate vol.105(2013年8月20日発行号)
テキスト
text:北小路隆志


消えた絵画を探すために、失った記憶の中へ――
未体験のサプライズが待ち受けるスタイリッシュ・サスペンス



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©2013Twentieth Century Fox



イギリス、マンチェスター生まれのダニー・ボイル監督の名は、ポップ・ミュージック界におけるブリットポップ・ムーブメントを時代の雰囲気ともども映像的に補完する映画――因みに今回もアンダーワールドのリック・スミスが音楽を担当している――として記憶されるであろう、『トレインスポッティング』(1996年)の成功で世界的に知れ渡ったわけだが、あの映画冒頭の警官に追われたユアン・マクレガーら悪ガキたちの疾走のイメージがあまりにも過度に僕らの瞳に焼きつけられてしまっているとすれば、それはそれで彼の映画作家としての資質を見誤らせる結果を招くかもしれない。若き不良たちによる反抗の身振りの描写それ自体は、それ以前から現在にいたるまで青春映画や犯罪映画の定番であり続けている。あの作品での映画作家の野心は、むしろ深刻なヘロイン依存症患者の脳内にうごめく幻影を、単に不良青年の違法行為や退廃の象徴へと還元させることなく、映像としていわばリテラルに再現する方向性にあったのではないか。

だから、それまでの彼の作品の流れから異色とも思えた前作『127時間』(2010年)においてこそ、むしろダニー・ボイルの資質があらわになったというべきである。あの映画では、物語が始まってほんの数分ほどにして主人公が無人の荒野で岩に手を挟まれ、孤立無縁の状態に置かれたのだった。それ以降、僕らは身体的アクションを禁じられた主人公を見守り続けることになり、映画はほぼ全編にわたって彼の脳内を駆け巡る回想や幻影等々だけで構成されていた。現実=外観においてではなく、人間の脳内(幻影=記憶)で展開されるアクションを捉えることこそ、ボイル作品の射程であり、そんな彼ならではの主題が最新作『トランス』でもスリリングに推し進められる。

こうして、いかにも王道の犯罪映画然とした強盗劇で幕を開ける本作だが、逆に言えば、それ以降は、まったく別の映画に変貌を遂げるといっていい。



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©2013Twentieth Century Fox



カッセルが手にする、絵画が切り取られたフレーム、あるいはフレームだけとなった絵画……。この〈イメージを欠いたイメージ〉に本作の主題は集約されるだろう。事件後の競売人は、まさにイメージ(記憶)を欠いたフレーム(脳)そのものと化し、ギャングらは二重の意味で〈イメージを欠いたイメージ〉に十全たる内実(=イメージ)を回復させようとする。絵画を取り戻すためには、まず競売人の砕け散った記憶(イメージ)を再構築しなければならず、結局、催眠療法士の力を借りて脳のどこかに隠れてしまった記憶を競売人自身の口から語らしめ、輪郭づけようとするのだが、その療法が、療法士の声(言葉)を介してのイメージの復元=編集である点も演出の上で重要だ。オーディオ・ヴィジュアルな表現である映画は、イメージの欠如をサウンドの過剰や洗練によって補いうるだろうか……。

典型的なFemme fataleでもある療法士の口から漏れる、あらゆるボイル作品で通底される人間の定義めいた言葉に僕らとしては感動を禁じえない。すなわち、発言し、行動し、感じることの記憶の総体、それが人間である……と。既存の映画は〈行動〉にあまりにも重きを置きすぎ、それがアクション映画の起点であるとされてきた。行動には責任ある主体が伴うものとされ、同様に結果には自動的に原因が想定される……。だが、記憶を喪失した存在に、そうした主体や原因が期待できるだろうか。あらゆるアクション=行動を脳内世界に還元しようとするボイル作品では、人間など断片的な記憶を寄せ集めた仮の総体にすぎず、そこから超越した〈主体〉など架空の存在でしかないのだ。大げさな話でない。たとえば、あなたは友人や恋人に向かって次の瞬間、どんな発言をするかさえわかっていない。あなたは明日の午後2時にどんな行動をとり、どんな感覚に囚われるかを知らない。僕らは誰しもトランス状態にある不確かな存在であり、夢や幻影であれ、現実の出来事であれ、スクリーン上に投影されるイメージにどんな違いがあるというのか。こうして、まだ誰も見たことのない脳内アクション映画に向けたダニー・ボイルの飽くなき挑戦は継続される。



映画『トランス』
監督:ダニー・ボイル
脚本:ジョン・ホッジ/ジョー・アヒアナ
音楽:リック・スミス
出演:ジェームズ・マカヴォイ/ヴァンサン・カッセル/ロザリオ・ドーソン
◎10/11(金)、TOHOシネマズ シャンテ、 シネマカリテほか、全国ロードショー!
http://www.foxmovies.jp/trance/ 
配給:20世紀フォックス映画 (2013年 アメリカ・イギリス 102分/R15+)
©2013Twentieth Century Fox