続々とリイシューされる幻の名盤や秘宝CDの数々──それらが織り成す迷宮世界をご案内しよう!
〈居酒屋れいら〉に若者が入ってきて騒がしくなったので店を後にした。私は内山田百聞。売れない三文作家であるが、道楽のリイシューCD収集にばかり興じているゆえ、周りからは〈再発先生〉などと呼ばれている。そのあだ名を自分でもまんざら悪くないと思っているから始末に負えないのだが……。
外に出ると晩夏の夕暮が迫っていたが、時刻はまだ早い。そこで以前から気になっていたバーに立ち寄ってみることにした。しかし、あぁ、そこであのような恐ろしい体験が待ち受けていようとは、その時の私には無論知るよしもなかった。
〈Wバー・ヤツハカ〉という奇妙な名が刻まれた扉を開くと、薄暗い室内に2人のソックリな老婆が佇んでいたので仰天した。双子だろうか? 扉を開けたことにまるで気付かぬ様子だ。
「電子音楽ならスタードライヴの73年作『Intergalactic Trot』(Elektra/Wounded Bird)はどうかのう、小梅さん」
「あのビートルズとかを珍妙なシンセ・ロックでカヴァーした連中かね。でものう、小竹さん、私はやっぱりフィフティ・フット・ホースの68年作『Cauldron』(Limelight/Pヴァイン)が好きなんじゃ」
「フィ、フィフフィ、フィフチフト……入れ歯の調子が悪くてうまく言えんが、あれは私も好きじゃ。ひゅんひゅんサイケな電子音が飛び交って気持ち悪いからのう」
「気持ちイイの間違えじゃろうが。ならば小竹さん、モート・ガーソンも外せないじゃろ。最近、『The Wozard Of Iz:An Electronic Odyssey』(A&M/El)とかいう変な題名の作品が再発されたようじゃ」
「ガーソンはよほどのモンド好きじゃなきゃ知らんよ、小梅さん。それよりもLOGIC SYSTEMのほうがよほどハズせんて」
「ああ、すっかり忘れとりましたよ。〈第4のYMO〉と言われた松武秀樹のユニット。82年作『東方快車』(EMI Music Japan/ブリッジ)なんて題名も粋なシンセ・ポップじゃ」
「マイク・フランシスの88年作『Flashes Of Life』(RCA/Celeste)はどうかの? シンセを使っとるが」
「とはいえ小竹さん、あれはイタロ・ディスコというかAORというか、わしらの趣味からはちとズレとるでしょうに……」
いったいここはなんなのだ!? 瓜2つの老婆がしきりと電子音楽談義に花を咲かせている。あきらかに尋常ではない! しかもバーですらない! 猛烈な恐怖に囚われた私は、2人に悟られぬようソッと扉を閉めようとして、気付いた。はっ、Wバー! 夕闇に染まった街を、私は転がるように駆けて行った。