ロックに年の差はあるのだろうか? 都内某所の居酒屋で夜ごと繰り広げられる〈ロック世代間論争〉を実録してみたぞ!
僕は阿智本悟。北国生まれの23歳。学生時代にストロークスと電撃的な邂逅を果たして以来、ホワイト・ストライプス、ハイヴス、リバティーンズと、常に世界最高のロックロール・バンドを追いかけてきた。で、大学卒業を機にある決心をしたんだ。それは上京してリアルなロックンロール・ライフを謳歌すること! エロール・アルカンを〈ブルボンの新作菓子〉のことだと信じて疑わない地元のアホどもに別れを告げ、僕は東京(北区)に単身乗り込んだのさ。ところが、スキニー・ファッションの僕はなぜか会社のみんなから相手にされず、憧れの楓先輩にもいまだに変態だと思われたまま! そんな僕の唯一の居場所が、この〈居酒屋れいら〉……だったんだけど、前回マスターのボンゾさんが正気を失って店を破壊して以来、近寄りがたい恐ろしいスポットになってしまった。このまま僕の居場所は完全になくなってしまうのだろうか? 不安を抱えながら、しばらくぶりに〈れいら〉の前に立っていた。
阿智本「いい加減、ボンゾさんだって正気に戻っているだろう……」
僕はできるだけ敬遠ムードを出さないように、いつものテンションで引き戸を引いた。
阿智本「うぃ~っす! とりあえず梅割りとコンビーフね……て、ボ、ボンゾさん!?」
僕は思わず、自分の目を疑った。
ボンゾ「うぃ~……。ん? なんでぇ、バカの北京五輪日本代表、阿智本君じゃねぇか、ヒック。なにしに来やがったんだよぅうぃぃぃ……」
阿智本「うぉおー! 酒臭ぇぇぇええ!」
いつもキレイに纏めている白髪のオールバックはボサボサ! 自慢のレイバンのサングラスもなぜか片方しかレンズがない! よく見ると、足元には梅割り用の焼酎一升瓶が何本も転がっていた。これはいったいなに!? 僕はカウンターに突っ伏しているボンゾさんの肩を強く揺らした。
阿智本「どうしたんですか!? 寄る年波に負けて、ついにEDになったんですか!?」
ボンゾ「なにぉ、なんで俺がETなんだよ。俺は宇宙人じゃねえ、ヒック……いや、だがこんな俺みたいなヤツは確かに人間じゃねえのかもしれねえな。でもどうせ宇宙人ならETよりデスラー総統のほうがいいよな。するとオマエは古代進か、ブハハ」
阿智本「古代進って誰だよ? てか、ETじゃなくてEDなんだけど……。それにしてもボンゾさん、いつもと全然違うから拍子抜けですよ。なにかあったんですか?」
ボンゾ「……ふっ。この前テメェが来た時に、壁に掛けてあるレスポールSGでこのカウンターをぶん殴っただろう? いくらザ・フーの来日で舞い上がっていたとはいえ、この店を……アイツが残していったこの店を、ぶっ壊そうとしちまったんだよ。俺はそんな自分が許せねぇのさ……ふっ。ヴァン・モリソンの苦み走った歌声が、空っぽの心に響くぜ……ヒック」
阿智本「アイツって誰? まあ、どうでもいけどさ。ところで、いま流れているのがそのヴァン・モリソン? 地味で湿っぽくて、なにが良くてこんなの聴いてるのさ?」
その瞬間、カウンターに顔をうずめていたボンゾさんの肩がビクンと脈打つように跳ね上がった。
ボンゾ「テメェ、いまなんて言いやがった? いくらバカ阿智本でも、存在して良いバカ阿智本と悪いバカ阿智本があるんだよ!」
阿智本「なんですか、急に。こんなにジジ臭くてカビ臭いロックなんか聴いて……、EDになったのがそんなに惨めなんですか?って訊いただけじゃないですか!」
ボンゾ「ナニッ! この崇高な音楽がジジ臭くてカビ臭いだと!? 魂のソウル・シンガー、不世出の天才ヴォーカリスト、ヴァン大先生の魅力もわからねぇクソガキの分際でグダグダ御託をタレてんじゃねぇ!」
阿智本「ちょっとは萎れて年相応になったかと思ったのに、またすぐにいつもどおりじゃないか! へへっ(笑)! 今日はもう帰るよ。酒臭くてたまんないや!」
ボンゾ「ウチは居酒屋なんだから酒臭ぇに決まってんだろが! イヤなら二度と来んな! 塩撒くぞ、塩!」
食塩の瓶を振り回すボンゾさんを尻目に、僕は店の外に飛び出した。やっぱり今日も、いつものボンゾさんだったな。さて、家に帰ってコーティナーズでも聴こっと!
ボンゾ「ちくしょうめ、ヴァンもわからん童貞野郎が。ヤツのせいですっかり酔いが覚めちまったじゃねぇか。アレ、そういやなんで俺、あんなに酔いどれてたんだっけな? まあ、いいか……」。