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第9回――夢見る阿智本

連載
ロック! 年の差なんて
公開
2008/12/18   00:00
更新
2008/12/18   17:52
ソース
bounce 305号(2008年11月25日発行)
テキスト
文/北爪 啓之、冨田 明宏


ロックに年の差はあるのだろうか? 都内某所の居酒屋で夜ごと繰り広げられる〈ロック世代間論争〉を実録してみたぞ!



僕は阿智本悟。大学卒業後、クールなロックンロール・ライフを送りたくて上京したはいいものの、まったく〈ロック〉とはかけ離れた生活を送っている。あ~、僕は何しに東京に出てきたんだっけ? 超イケてるスキニーなスーツにも、ワイルド&セクシーなユルクシャ・パーマにも、イヤホンから音が漏れるようわざと爆音で聴いている(良い子は絶対に真似しないでね!)最新のロック・チューンにも、誰も反応してくれないじゃないか! 何なんだよ、この街は! 北区が悪いのか!? それとも僕が悪いとでもいうのか? 北国出身の田舎者だからって、みんなでグルになって僕をいじめているんだ!……って、そうか、やっぱりそうとしか考えられない! この町は謎の組織に操られている〈恐怖の洗脳都市〉だったんだ(ピキーン)! 友達と呼べる同僚がいないのも、楓先輩から避けられているのも、それですべて納得がいくじゃないか! どうりで様子がおかしいと思ったんだ。となると、よそからやって来た僕は北区で唯一の常識人? てか、住民を洗脳から解き放つたった一人のヒーローなのでは? だとすれば、この手の映画にはつきものの、僕と危険を共にし、〈吊り橋効果〉で恋に落ちるヒロインは……。

――僕が半年以上前に(間違えて)貸したフランク・ザッパの『Uncle Meat』を聴いた影響で、楓先輩の洗脳は徐々に解けはじめていた。そして人々の異変に気付いた彼女は、僕のところへ助けを求めにくるわけだ。熱い抱擁も束の間、楓先輩は〈あの気持ち悪いCD『Uncle Meat』を、区役所の放送局から流すの! みんなを助けて、秋本君!〉と涙ながらに訴える。名前を間違えた先輩を僕は0.1秒で許し、邪悪な輩がウヨウヨしている区役所に向かって走り出した。もう迷わない! 生きて戻れたら、楓先輩と結婚して幸せな家庭を築くんだ!

ボンゾ「……オイッ、オイッ、阿智本ッ! ダメだ、コノヤロー完全に潰れちまったぜ。せっかくみんなが集まった忘年会だって言うのに! 起きんか、バカタレがッ!」

バチン!という破裂音と共に、火の出るような痛みが右頬を襲った。流石は人造人間ゴリラ男、物凄い腕力で僕の顔面を殴打してくるではないか。次第に意識が遠のいていくなかで、僕は勇気を振り絞った。

阿智本「この白髪グラサンのバケモノめ! いつまでもやられてばかりだと思うなよ! ブウェ~!」

ボンゾ「てめぇ、ゲロ吐きながら暴れんじゃねぇ! みんな、阿智本を取り押さえろ!」

正気に戻ったのは、〈居酒屋れいら〉の忘年会に集まった常連が帰った後。気付けば、ボンゾさんと2人きりになっていた。

ボンゾ「バカが! いくら無礼講だと言ったにせよ、飲んで暴れるのにも限度があるっつーんだよ! 内山田先生なんて半泣きで飛び出して行っちゃったじゃねえか。まだ学生のコンパ気分が抜けてねえのか?」

阿智本「へんだ! ボンゾさんこそ、僕の意識が遠のくまで顔を殴ることないじゃないか! 文句を言いたいのはこっちだよ!」

ボンゾ「フンッ! そんなバカには非常にもったいないが、常連が置いていったニール・ヤングの発掘音源『Sugar Mountain: Live At Canterbury House 1968』をどうしてもいますぐ聴きてえから、お前もいっしょに聴け。まぁ、キミはニールのニの字も知らないとは思うがな、ガハハ!」

阿智本「ニール・ヤングならCD持ってるよ。むしろファンだと言ってもいいくらいだね!」

ボンゾ「本当かよ!? なかなか感心な青年じゃねえか! で、どのアルバムが好きなんだ? ん?」

阿智本「はぁ? 『Greatest Hits』しか持ってないっての。グレイトかつヒットした曲を集めたんだから、それで十分でしょ?」

ボンゾ「(絶句)……オメエの言う〈ファン〉はハードルが低すぎるぜ。まぁ、とにかく驚くなかれ、この作品はニールがいまのお前とほぼ同じ、23歳目前という若さで行ったソロ・ライヴの音源なんだよ。それなのにこの人生を悟ったような味わい深さ。学生気分の抜けない誰かさんにゃ~、とても望めねえよなぁ」

驚くほどに若々しさを感じさせないニールの歌声。これが僕と同い年の声か……。しかも彼は当時、すでにソロ・ライヴをやるほどの人気者。いまの自分と比べたら、何だか無性に切なくなってきた。

阿智本「僕だって来年こそは幸せになってやるんだ。そうでしょ、ボンゾさん!」

ボンゾ「(キッパリと)知らん」

……母さん、やっぱり正月は帰省してもいいですか?



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