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特別編――69年夏の幻想

連載
ロック! 年の差なんて
公開
2009/08/05   18:00
ソース
bounce 312号(2009年7月25日発行)
テキスト
文/北爪 啓之、冨田 明宏


都内某所の居酒屋で夜ごと繰り広げられる〈ロック世代間論争〉を実録した連載も、今月は〈ウッドストック〉一色!





僕は阿智本悟。2000年代のロックが何よりも好きな、日本一イケてる(と思い込んでいる)東京都北区のサラリーマンさ! いま上司の小言をさっさとかわして帰宅中。でも、いつもより足取りが軽やかなんだ。だって、もうすぐ〈フジロック〉がやってくるんだもの。今年は初参戦するんだい! 今日はそんな素敵なフェスに、古臭いロックにしか興味を示さない偏屈オヤジ(ボンゾさん)を誘ってあげようと思ってね。べ、別に憧れの楓先輩に誘いを断られたからとか、そんな理由じゃないからね! 寂しい中年を一人にしておくと、徘徊とか迷子とか、物騒なことになりそうだし(意味不明)。そんな感じで、いつものロック酒場〈居酒屋れいら〉に到着!

阿智本「おつかれ! ボンゾさ……ゴクリ(唾を呑み込む)」

ボンゾ「おお、阿智本! ラヴ&ピ~ス!」

この人、本当にボンゾさん? いつもの白髪オールバックにグラサン&Tシャツ姿ではなく、柄物といっしょに洗っちゃったみたいなワンピースを頭から被って、バサバサの長髪を肩まで下ろしている。こんなオヤジ、〈フジロック〉になんて恥ずかしくて連れて行けないよ!

ボンゾ「ハトがショットガン喰らったみたいな顔しやがって、いつになく若々しくて素敵な俺様に驚いたか、ガハハ! この絞り染めのサリー、似合うだろ? これが本物のヒッピーってやつよ。今日はわが青春の〈ウッドストック〉を懐かしんで、久々にこんな格好をしてみたんだ。ああ、いまでもありありと蘇るぜ、グレース・スリックのしなやかな肢体が……」

ダメだ、早くなんとかしないと! とりあえず、しばらく話を合わせておこう。

阿智本「〈ウッドストック〉って、〈フジロック〉のおじいちゃん的なフェスでしょ? 僕も今年は〈フジ〉に行こうと思って!」

ボンゾ「おいおい! 20世紀最大の歴史的祭典に行った男と、〈フジロック〉だか〈フジツボ〉だかに行くお前とを同列で語るんじゃねえよ!」

阿智本「……ねえ、ボンゾさんはその〈ウッドストック〉に本当に行ったの?」

ボンゾ「ああ、あれは69年の夏だった。まだ駆け出しのヒッピーだった俺は、露店で稼いだ金をすべて注ぎ込んで単身アメリカへと渡ったのさ……(以下2時間15分アメリカ珍道中の話が続く)。何しろ俺は、ゴミの山と食糧不足で殺伐とした風景のなか、たまたま居合わせたジミヘンと一欠片のパンを分け合った男だぞ! ああ、懐かしきわが〈ウッドストック〉!!」

何この話! 嘘の匂いしかしない!

ボンゾ「その疑わしい目は何だ、バカヤロー! 何を隠そうこの俺は、ドラッグとフリーセックスに明け暮れる観客の脱ぎ捨てた絞り染めのサリーを拾い集めて日本に持ち帰り、本邦初の現地買い付け式古着屋を開業した男だぞ! 日本にリアルなヒッピー文化を持ち込んだのはこの俺様だと言っても過言ではナイ! ちなみに、〈れいら〉はその時に稼いだ金で作ったんだ。おお! 全裸の女で溢れ返るあの光景がいまも瞼の裏に焼き付いているぜ!」





全裸の女!? そんなものが〈フジロック〉にいたら僕はどうすればいいんだよ。ボンゾさんの話はどこもかしこも胡散臭いエピソードだらけなのに、なぜか負けた気分!

阿智本「うるさいやい! 裸の女なんて羨ましくなんかないもん! 今日はもう帰る!」

ボンゾ「おい、ちょっと待て! クソ~行っちまいやがった。何しろいま着てるサリーにはジミヘンのサインが……アレ、どこだっけかな!? コレか? いや、こりゃ醤油のシミだな」