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第17回――潮風とアラン・オデイ

連載
ロック! 年の差なんて
公開
2010/01/06   18:00
ソース
bounce 317号(2009年12月25日発行)
テキスト
文/北爪 啓之、冨田 明宏


ロックに年の差はあるのだろうか? 都内某所の居酒屋で夜ごと繰り広げられる〈ロック世代間論争〉を実録してみたぞ!



僕は阿智本悟。東京・北区でクソ退屈なサラリーマン生活を送る、〈日本のアレックス・ターナー〉さ。それにしても僕は何のために上京したんだっけ? 憧れのロックンロール・ライフはどこへ? 最近では遅刻しようが早退しようが、もはや誰も僕に注意しなくなった。僕から滲み出るロック・スピリッツに恐れをなしたのかな? でも、後輩からは相変わらずタメ口でコピー用紙の補充を命じられている。何が何だかわからないけど、もういいや。今日も寒いから、いつも通り〈居酒屋れいら〉で温まってから帰るとするか――な~んて具合に、偏屈で古臭いロックしか愛せない〈れいら〉のマスター、ボンゾさんの顔を思い浮かべていたわけだけど……。

阿智本「何なんだ、これは……」

まるでヘンな夢でも見ているかのよう。先週まで確かに〈居酒屋れいら〉があった場所に、ほぼ同じ外観ながら〈りすとらんて・れいら〉という謎の店が立っている。嫌な予感……。

ボンゾ「いらっしゃいませ、〈りすとらんて・れいら〉へようこそ」

そこには例の白髪オールバック&グラサン姿ではなく、ピッチリ七三分けでコックの格好をしたボンゾさんが立っていた。

阿智本「おい、オッサン! いったいどうしちゃったの? またどうせ、〈今度はレストランを始めようと思ってよ~〉とか言うんだろうけど」

ボンゾ「ギクッ!……しかし今回は〈バー〉にしようと試みたいつかの時とはちょっと違うぜ!  何しろ、もうすでに店を〈居酒屋〉から〈りすとらんて〉に完全改装したからな! どうだ、お洒落だと言え!」

本当だ。ボロいバラックだったのが爽やかな白塗りの木造になり、店内の壁には青白いネオンサイン、天井には音もなくファンがクルクルと回っている、このクソ寒いのに……。

ボンゾ「西海岸の小粋なレストランを意識してな、貯金をはたいて改装したんだ。全米No.1ヒットの“Undercover Angel”とか、山下達郎との共作でも有名なアラン・オデイの、ついに初CD化された初期AORの隠れた名盤『Appetizers』を聴いていたら、一気に決心が固まってよ!」

甘ったるいんだか爽やかなんだか、ソウルなんだかポップスなんだか、僕にはわ からない音楽が店内に流れている。

阿智本「いまかかっているCDがオデイさん? こういう音楽、昔お父さんがよく車の中で流してたよ。これを聴いただけで決心するなんて、ボンゾさん頭おかしいよ!」

ボンゾ「まあ、お前みたいな小便タレにはこのサマー・ブリーズが清々しく香るアダルティーなブルーアイド・ソウルの魅力がわからんのも無理はねえな。ジェイ・グレイドンやTOTOのジェフ・ポーカロら名うてのプレイヤーが大挙した極上のサウンドと、心躍るメロディー……LAの夜景が瞼の裏に浮かぶぜ! う~ん、マンダム」

阿智本「キモいよ、ボンゾさん。何が真冬にサマー・ブリーズだ! しっかりしてよ!」

ボンゾ「ここは〈りすとらんて〉だぞ、ギャーギャー騒ぐな! ウダウダ言う前に俺の自慢の一品、特製ハンバーグを食いやがれ。これで納得するだろ!」

阿智本「〈特製ハンバーグ〉って、ただコンビーフを焼いただけじゃないか! コンビーフ料理しかできないくせに、どう考えたって〈りすとらんて〉なんて無理だよ!」

ボンゾ「ガ~ン! 店の外装と内装さえ変えれば何とかなると思ってい た俺の考えが甘かったのか!? しかもコンビーフだけじゃ〈りすとらんて〉は無理? そんな話は聞いたことねえぞ」

阿智本「逆にコンビーフだけでやっていけてる〈りすとらんて〉なんて聞いたことないよ! それに〈居酒屋れいら〉は奥さんとの思い出が詰まった店じゃなかったの? こんなんでいいのかよ!」

ボンゾ「ギクッ!……フッ、何てこった。まさかバカ阿智本に諭されるなんてな。一時の夢に翻弄された俺がバカだったってことか。老いぼれたもんだぜ、俺も……(以下15分独り言)……よし決めたぞ! 俺はしばらく自分とロックを見つめ直す旅に出る!」

阿智本「はっ!? 何言ってるの?」

ボンゾ「ふふふ、止めるな阿智本よ。この店を元に戻す間、俺は世界を放浪してくる。アメリカ大陸をさすらった若い頃を思い出してな! よし、そうと決まればすぐに出発だ。あばよ!」

……という感じで、ボンゾさんが帰ってくるまで、〈居酒屋れいら〉は休業することになってしまったようだ。僕の心の拠りどころが……。僕もしばらく実家に帰ろうかな、なんてね。