ロックに年の差はあるのだろうか? 都内某所の居酒屋で夜ごと繰り広げられる〈ロック世代間論争〉を実録してみたぞ!
僕は阿智本悟。ロックンロールな日常を求めて3年前に北国から上京……したはいいけど、極めて無味乾燥なサラリーマン生活を送っている。それにしても、毎日毎日暑い! 東京23区のなかでも北区は特に暑いんじゃないの? 北国育ちの僕にとってここの夏は暑すぎる! 毎年この時期になると仕事の能率が下がっちゃうんだよね。とは言っても、最近じゃ複合機にA4用紙を補充するくらいの雑用ばかりだけどさ。あっはははは……はぁ~(溜め息)。このままで本当にいいのだろうか。大切な20代をクソみたいな会社勤めに費やしてしまって……。〈夏は出会いの季節〉だなんてよく言うけど、こんな毎日を送っていたら出会えるものにも出会えないよ! 何だか無性に切なくなってきた。こういう日はさっさと仕事を切り上げて、ロック酒場〈居酒屋れいら〉で一杯やるとするか。そんなわけで、今日も白髪オールバックのグランサンおやじ、ボンゾさんの立つ店に向かうのであったとさ。
阿智本「おいっす~。ボンゾさん、お疲れ。今日は元気が出ないから梅割りとコンビーフでヨロシクね」
ボンゾ「はあ? 〈梅割りとコンビーフで〉って、いつもと同じじゃねえか。ま、阿智本みたいなノータリンでも、何かに凹むことがあるんだな。とは言う俺も、今日はちょっぴり切ねえ気分でな。あ~、もうすぐ俺たちの夏が終わっちまうな……」
〈俺たち〉って……このオッサン、何言っちゃってるの? 今日は妙に爽やかな年代物のポップスが店内に流れているけど、それと関係しているのかな!?
阿智本「こういうの、AORって呼ぶんだよね? ボンゾさんが長旅に出るきっかけになったのもAORだったから、すっかり覚えちゃったよ(第17回参照)」
ボンゾ「うるせえ! つまんねえことを思い出させるな!! しかし、確かにこれはAORだ。アーバン・ブラック系のAORと言えばこの人、スティーヴィー・ウッズよ。コイツのデビュー作『Take Me To Your Heaven』から3作目『Attitude』までが初CD化されたんだ。早速ウチもアーバンな夜を演出しようと思ってBGMにしてみたんだが、想像していた以上に良くってな~。スティーヴ・ルカサーやジェイムズ・ギャドソンら錚々たるセッション・ミュージシャンに、名プロデューサーのジャック・ホワイトが作り上げたこのアダルトなサウンド、心に沁みるぜ~(シミジミ)」
ボンゾさんはうっとりした表情で窓の外を眺めている。何なんだ、この空気……。
阿智本「そういえば前回は訊き忘れちゃったけど、AORって何の略なの?」
ボンゾ「〈アルバム・オリエンテッド・ロック〉だな。アメリカのFM局がシングルになっていない曲も流そうってことから生まれたフォーマットなんだが、それがどういうわけか日本じゃ〈アダルト・オリエンテッド・ロック〉と読み替えられて、ソウルやジャズなんかの要素をクロスオーヴァーに取り込んだ大人向けのロックのことを指すようになったんだ。要するに俺らがフツウに使ってるAORって言葉の意味は完全に後者なわけだ」
阿智本「うん、そうだね~(本当はわかってない)」
ボンゾ「つまりパンクやメタルみたいな荒々しい音を出さないロックだってあるってことよ。で、このスティーヴィー・ウッズは80年代初頭に活躍したAORの黒人シンガーだ。シャレオツなシンセ、小気味良いリズム、ブリージンなメロディー、ソフトでスウィートなヴォーカル。まさにシティー派な俺にピッタリだぜ!」
阿智本「北区の居酒屋おやじのクセに、何がシティー派だよ。この街に都会的な要素なんてないだろ!」
ボンゾ「これだから何もわかっていない子供は嫌だね。北区こそ真の大人の男が愛する都会の楽園だぞ! 美しく広がるウォーターフロント(荒川河川敷)、闇夜に浮かぶ摩天楼(うっすら遠くに見える墨田区に建設中のスカイツリー)、ラヴ・アフェアーの予感漂う歓楽街(十条銀座商店街)……。北区ほどAORが似合う街は他にないぜ。う~ん、今夜はたまらなくア~ベイン」
阿智本「どんな都合の良い解釈だよ! 暑さで頭がおかしくなった? 付き合ってられないっての!」
ボンゾ「おうおう、小便臭いガキはとっとと帰りやがれ! さてと、俺もスティーヴィー・ウッズを気取って、パンチパーマにヘビ柄のベルトでも合わせるかな! 確かこのへんに、金のネックレスもあったような……。まったく、これ以上シャレオツになっちゃう自分が怖いね」。