ロックに年の差はあるのだろうか? 都内某所の居酒屋で夜ごと繰り広げられる〈ロック世代間論争〉を実録してみたぞ!
僕は阿智本悟。東京は北区で退屈なサラリーマン生活を送る25歳さ。今日も例の如く、同僚の誰とも会話をせずに一日をやり過ごし、定時ピッタリに会社を飛び出した。とはいえ、特に用事があるわけじゃなく……、仕方なしに白髪オールバックの口髭グラサンおやじ、ボンゾさんがマスターを務めるオンボロなロック酒場〈居酒屋れいら〉に向かっている。このルーティーン、いつまで続くんだろう……。
阿智本「……おや?」
店の外にある〈れいら〉の看板に、手書きの汚い字で〈デラックス・エディション〉と加えられている。さっぱり意味がわからないうえに、外観からは何ひとつデラックスさを感じない。不安を抱きながら、僕は店の扉を開けた。
阿智本「なんじゃこりゃ!?」
何と店のなかに巨大な神棚が設置されているじゃないか! その神棚には一枚のCDが飾られていた。目を凝らすと、帯には〈いとしのレイラ〉と書かれている。ん!? 〈レイラ〉?
阿智本「もしかして、そのCDのタイトルが店名の由来なの!?」
ボンゾ「ふん、いま頃気付きやがったか! ガッハハハハハハ!」
異常なテンションで爆笑しながら近付いてきたボンゾさん。今日はいつにも増してムサ苦しい。
ボンゾ「そうさ! この世紀の名盤〈いとしのレイラ〉こそ、わが〈居酒屋れいら〉の由来なんだよ。むふふふ! 本当は娘の名前を〈麗羅〉にしたかったんだが、カミさんの大反対にあっちまってな。しょうがないから、俺の分身であるこの店に付けたってわけよ! ガッハハハハハハ!」
ムダに声がデカイ。何なんだよ、このテンションの高さは。
阿智本「それはわかったけど、何でいまになってそのCDを神棚に奉っているのさ
ボンゾ「Oh~! 友よ、よくぞ訊いてくれたぜ。わが人生の一枚とも言える〈いとしのレイラ〉が、リリースから40周年を記念した2枚組のデラックス・エディションとしてリイシューされたんだよ。目玉はDisc-2で、ライヴ・テイクも含む、むちゃくちゃ貴重な音源が驚きの13曲も入っているばかりか、そのうちの4曲は何と初出しときた! 生きてて良かかった……。(1時間半経過)つまり名曲“Layla”は、親友ジョージ・ハリスンの妻であるパティ・ボイドに横恋慕したエリック・クラプトンの、どうにもならねえ心の苦しみが歌われてるってわけだ。どうだ、泣かせる話だろ?」
ボンゾさんの熱弁に3分で飽きてしまった僕は、上の空でストロークスのニュー・アルバムについて考えていた。自分で勝手に入れて飲む梅割りも美味いな。
ボンゾ「だからこのアルバムはよ~、イギリスから来た恋に悩むひとりの青年=クラプトンを、デュアン・オールマンらアメリカ南部の優しき男たちが温かく迎え、芳醇なスワンプ・サウンドで包み込んだ作品っていう捉え方もできるわけよ。そりゃ禁断の恋だったかもしれないが、男の一途な純情には変わらねえ。その気持ちがわかる俺も、やっぱり純情な男てことだな……オロローン(泣)」
ほとんど話を聞いていなかったから、どうしてボンゾさんが泣きはじめたのかイマイチ理解できないけど、何となくイイ話っぽいな。
阿智本「ふ~ん、じゃあこのアルバムは男の友情物語なんだね。クラプトンっていつも神妙な顔をしてるし、いかにもオッサン向けって感じで全然興味なかったんだよ。でも〈恋に狂って友達に慰められて……〉だなんて、まるでそこらへんにいる大学生みたいじゃないか。難しそうな表情をしてても、本当は情けなくてダメなとこもあるフツーの男なんだね。ちょっと親近感が湧いちゃったな。見直したよ」
ボンゾ「……おいおい、ふざけんな。てめえ、俺の神様に向かって〈情けなくてダメなヤツで見直したよ〉だって? いったい何様のつもりだ、ああん? ちょっと外出ろやっ!!」
阿智本「本当のこと言っただけじゃん。どうせもう退屈してたから、出て行こうと思ってたところ。じゃあね! バ~カ!!」
僕は思い切りアカンベーをして店を飛び出した。男の友情よりもいまは〈モンハン〉の続きのほうが大事だしね。さてと、家まで小走りで帰るかな!