ロックに年の差はあるのだろうか? 都内某所の居酒屋で夜ごと繰り広げられる〈ロック世代 間論争〉を実録してみたぞ!
僕は阿智本悟、東京は北区に住むサラリーマンさ。実は先月のピンク・フロイド事件以来、ロック酒場〈居酒屋れいら〉に行ってないんだ。でもさ、そもそもどうして僕はあの店に通っていたんだろう。 店主のボンゾさんとはまったくロック観が違うというのに……。梅割りとコンビーフが好きだから? まあ、いいや。そろそろ終業時間だし、今日もまっすぐ家に帰ってTVでも観よう──そんなことを考えていたら、後輩の中田君が話しかけてきた。
中田「先輩! 昨日、駅前の病院でボンゾさんに会ったんですよ。その時の表情が沈鬱そうで……。 話しかけても〈人様にお伝えするような病気じゃございません〉とか妙な感じだったので、心配なんですよね」
何だよ、病気って。もしかしてずっと僕に黙っていたのか? あのオッサンのことだ、変な気を遣ったのかもしれない。面倒を見てくれる家族もいないクセに、バカじゃないの!──気がつくと、僕は店に駆け込んでいた。
ボンゾ「おろ? 阿智本じゃねえか。ずいぶん久しぶりだな」
阿智本「……そんなことより、中田君が病院でボンゾさんを見かけたって」
ボンゾ「ああ、そのことか。俺には昔から抱えている持病があるんだ……。が、ここまでデカくなると流石に手術しねえとダメだって、医者に言われてよ」
阿智本「このバカジジイ! 何で言ってくれなかったんだよ!」
ボンゾ「心配してくれたのか? ただよ、いくら何でも〈れいら〉だって飲食店だぞ? イボ痔の話なんぞ、お客さんには聞かせられねえだろ」
阿智本「腫瘍とかじゃなくて、ただの痔?」
ボンゾ「テメエ、イボ痔がどれだけ辛いものか、わかってんのか! しかも俺のはギネス認定級だって医者も太鼓判を……」
阿智本「もうイイよ! 喉が渇いたから久しぶりに梅割りを飲みたくなった!」
ボンゾ「ほらよ。ったく、こっちこそテメエが1か月も現れねえから妙な心配してたが、元気そうで何よりだな!」
ボンゾさんも僕を心配してくれていたなんて、何だか照れ臭いやら、気まずいやら……。そうだ、そういえばボンゾさんが食いつきそうな話があったっけ!
阿智本「ねえねえ、ビーチ・ボーイズの『Smile』っていう幻の大作が発表されるんでしょ? それって凄いことなの?」
ボンゾ「凄いなんてもんじゃねえよ! 想像しただけでも興奮するぜ……(以下、1時間以上も熱弁が続く)。そういや『Smile』の制作に深く関与した、ヴァン・ダイク・パークスの『Arrangements Volume 1』が出てたな。ヴァン・ダイクがみずから選んだアレンジ仕事集だぜ」
阿智本「ヴァン・ダイク? ヴァン・ヘイレンじゃなくて?」
ボンゾ「全然違えよ! ヴァン・ダイクは、古き良きアメリカの薫りを感じさせつつ、ちょっと風変わりな音楽、いわゆる〈バーバンク・サウンド〉を代表する人物さ。いま店で流れているのはヴァン・ダイクのソロ・シングル“Eagle And Me”で、今回初CD化されたもんだ。どうよ!? オシャレだけど、どこかストレンジだろ?」
阿智本「この懐かしくて変な感じ、スフィアン・スティーヴンスに似てる気がするな。さっき流れていた南国っぽい曲はヴァンパイア・ウィークエンドみたいだし……このコンピにはいろいろなタイプの曲が入ってるのに、何か一貫したものを感じるね」
ボンゾ「だろ? 主役は歌い手のお客さんで、客のニーズに合わせて手を変え品を変えて編曲をしてるんだが、それでもしっかり自分のカラーも出してる。だからこその名アレンジャーってわけよ。で、それって客の要望に合わせて店を切り盛りしている俺とまるで同じだと思わないか? まさに俺は〈北区のヴァン・ダイク〉ってわけだ」
阿智本「コンビーフしか出していないクセに、何が名アレンジャーだよ! たまには手の込んだつまみでも作ってみろってんだ!」
ボンゾ「何だと、コノヤロー! 俺はこれで30年近く〈れいら〉をやってきたんだ。30年も飽きられないアレンジャーって言ったらヴァン・ダイクか俺しかいねえんだよ! 気に入らねえならとっとと帰れ!」
阿智本「へへへ! 言われなくてもそうするよ、ご馳走さん!」
ボンゾさんが後ろでワーワー言っているが、僕は店を飛び出した。やっといつもの調子が戻った気がする。そっか、これが僕の日常だったんだね。