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街に広がる アートプロジェクト 「ピーター・マクドナルド:訪問者」

公開
2012/01/31   21:49
ソース
intoxicate vol.95(2011年12月10日発行)
テキスト
text:高瀬由紀子

「Buffalo Daughter ライヴ」2011年9月18日  「ディスコ」にて 撮影:竹之内祐幸

街に広がるアートプロジェクト
「ピーター・マクドナルド:訪問者」

風船を膨らませたように巨大な頭、頭、頭。デフォルメ&単純化された人物が踊りまくる光景が、ポップな色の洪水とともに押し寄せてくる。英国在住のアーティスト、ピーター・マクドナルドの描く絵は、ひと目見たら忘れられないインパクトだ。展示室の四方の面をすべて覆い尽くした壁画制作を始め、彼の作品紹介にとどまらない意欲的な企画展『ピーター・マクドナルド:訪問者』が、金沢21世紀美術館で開催されている。

この展覧会は、金沢21世紀美術館が独自の展覧会活動として行ってきた、「金沢若者夢チャレンジアートプログラム:美術館はメディエーター」というプロジェクトのひとつ。若者を対象にボランティアを募り、招聘したアーティストとの作品制作や、長期にわたるプロジェクトの運営という共同作業を通じてコミュニケーションを深め、自己の再発見につなげてもらおうというもの。第5回目に当たる今年は、初めて海外アーティストの招聘となった。

1973年生まれのピーター・マクドナルドは、英国の画家にとって誉れ高いジョン・ムーア絵画賞大賞を2008年に受賞している、注目のアーティスト。画家としての主題を模索していた10年近く前、舞台上のソウルシンガーを描いたことをきっかけに、絵を描くこともひとつのパフォーマンス行為であり、ひとつの言語だと捉えるようになった。母が日本人、父が英国人のピーターは、流暢な日本語でこう語る。

「舞台上のパフォーマーが、服装や仕草を含めた造形言語を使って観客とコミュニケートしているように、ペインターも描くことで言語を創り出している。そう考えるようになったら、教室や空港やカフェなど、日常で繰り広げられているさまざまな営みもパフォーミングだと気付いて、絵の世界がパッと広がったんです」

以降、日常風景にいる人々を描き続けていく中で、頭の極端に大きい人物像が造形言語の核となっていく。大きな頭が背景や隣の人物と重なった部分が、双方の混色となっているのは、コミュニケーションを示唆しているのだろうか。日常のシーンの中で、頭だけが異形なのは、どこか現実世界とは異なるパラレルワールドのようでもある。

「空港のセキュリティチェックの場面を描いた絵が、海辺にいる人達ですねと言われることもありますよ」と本人が笑うように、見る側の想像を自由に膨らませる絵なのである。

さて、そんなユニークな作風のピーターを招いて行われている今回の企画展。今年の4月16日から来年3月20日まで、ほぼ1年にわたって開催されている長期プロジェクトだ。“美術館はメディエーター”という主旨だけに、ミュージアムが仲介となり、作品と訪れる人々をつなぐ実に多彩なプログラムが展開されている。

「ピーター・マクドナルド:訪問者 - サロン」展示風景
金沢21世紀美術館 撮影:渡邊修

まずは、全会期中オープンしている「サロン」。ひとつの部屋に、大作から小さなドローイングに至るまで、ピーターの代表作が一堂に展示されている。ここではピーター宛に手紙が募られ、2ヶ月で1033通が集まった。なんと、そのひとりひとりに対して、ピーターが絵で返事を描いて発送している。絵を描くことは、彼にとってまさに言葉のように自然なことなのだ。

また、冒頭で触れた壁画が広がる展示室で展開されているのは、「ディスコ」というプログラム。この壁画は、ピーターが4月下旬から5月下旬にかけて、ボランティア・メンバーの若者たちと共に描いたものだ。最初は〈手伝う〉という感覚が強かったメンバーたちも、ピーターの真摯な姿勢と現場の緊張感に触発されてか、徐々に主体性が出てきて絵を描く喜びを感じられるようになったと語ってくれた。ピーター自身も共同作業は初めてで、非常にエキサイティングな体験だったという。

実際に部屋に入ると、絵を鑑賞するというより、自分が絵の中に入り込んだような、不思議な錯覚に囚われる。9月からは、ここが随時DJの入ったラウンジになったり、ワークショップや絵本の読み聞かせプログラムが開催されたりと、訪れる人たちを巻き込んでの幅広い活動の場に発展。9月18日には、ピーターもファンだというBuffalo Daughterのライヴが開催された。金沢での初ライヴということもあり、当日の会場は長蛇の列。音響や照明などの装置がシンプルなぶん、サウンドそのものとカラフルな背景が際立ち、リズミカルでどこかシュールな世界が会場を包み込んでいた。

さらに、このプロジェクトの活動範囲は、金沢21世紀美術館内にとどまらない。

「絵が外に出て行くことで、街にムーブメントを拡大していきたいんです」

学生のように初々しい笑顔で話しながら、DJタイムの展示室内でピーターが何やら巻物を描いている。聞けば、能の演目「高砂」をモチーフにした作品の制作中で、隣接する金沢能楽美術館に展示されることになるのだとか。ほかにも、タバコの紙箱の内側に絵を描いた小作品を幾つも見せてくれた。金沢滞在中に出会った人や場所に、彼の足跡として置いていくのだという。これらは、名付けて「Cigarette Box in Town」。気鋭のアーティストを中心としたエキシビションは、美術館から金沢の街全体へ広がりつつある。

『ピーター・マクドナルド:訪問者』

3/20(火・祝)まで
会場:金沢21世紀美術館
http://www.kanazawa21.jp/