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インバル&都響、 マーラー演奏の 「2010年代ヴァージョン」を問う

公開
2012/02/15   15:28
ソース
intoxicate vol.95(2011年12月10日発行)
テキスト
text:池田卓夫(音楽ジャーナリスト)

©Rikimaru Hotta

エリアフ・インバルが2008年からプリンシパル・コンダクターを務める東京都交響楽団(都響)とともに、マーラー交響曲の新たな全曲演奏へ挑む。第1期は2012年9月から13年1月にかけてで、交響曲第1番から5番まで。都響と東京都歴史文化財団の東京芸術劇場、横浜市芸術文化振興財団の横浜みなとみらいホールの3者がそれぞれ主催公演を行う。都響主催は東京文化会館、東京芸術劇場、サントリーホールの3会場、横浜主催はみなとみらいホールで都響主催と同じ曲目の各5公演、さらに東京芸術劇場主催で第1番と5番の2公演が追加されるので、第1期だけで12回、「インバル&都響のマーラー」が首都圏に鳴り響く。

1970年代初頭。1936年生まれのインバルはヨーロッパ、特に西ドイツ(当時)の楽壇で、1978-83年に都響ミュージック・アドバイザー、首席指揮者を歴任したモーシェ・アツモン(1931-)、1989―97年に大阪センチュリー交響楽団(現・日本センチュリー交響楽団)初代常任指揮者(現・名誉指揮者)を務めたウリエル・セガル(1944-)とともにユダヤ系指揮者の「若手三羽烏」と目されていた。アツモンがハンブルクの北ドイツ放送交響楽団、セガルがシュトゥットガルト放送交響楽団でポストを得たのと前後して、インバルはちょうど中間に位置するフランクフルト放送交響楽団(現hr交響楽団)の首席指揮者に就任。1974―90年の長期にわたって君臨、オーケストラ発足以来の黄金時代をもたらした。

インバルはフランクフルトのシェフに就くやいなや、マーラーの交響曲全曲演奏に乗り出した。当時、NHKのFMが夏にドイッチェ・ヴェレ(ドイツの外国語放送局)の岸浩記者をゲスト解説者に招いて放送した「西ドイツの放送オーケストラ」シリーズの人気は高く、インバル指揮フランクフルト放送響のマーラーはチェリビダッケ指揮シュトゥットガルト放送響のブルックナーと並び、シリーズ最大の聴きものだった。インバルとフランクフルトが80年代に入り2度目のマーラー全曲演奏に取り組むと、日本ですっかり定着した名声に目をつけ、日本コロムビアがヘッセン放送協会と共同制作で全曲CDを完成した。ケルン放送交響楽団に移籍するまで、フランクフルトでインバルの2度にわたるマーラー・ツィクルスに参加した元首席オーボエ奏者、宮本文昭が筆者に対し、「1度目と2度目で、インバルの解釈が正反対とも言えるほど異なるのに当惑した」と打ち明けたことがある。

実は「1回ごとのツィクルスで解釈が大きく変わる」部分にこそ、インバルがひとつの楽団とも繰り返し、マーラーの全曲演奏を手がける意義、動機が存在するのだ。今から10年ほど前、筆者とのインタヴューでインバルは「その時代その時代でマーラーが社会に対して持つ意味を問い直し、発見を重ねながら自身の解釈を深めてきた」と語った。再現芸術家が今を生きる瞬間の「相」に照らし合わせ、マーラーの響きに変化を求めてきたのである。今回、都響へ寄せたメッセージでは、マーラーの音楽を「希望、神の約束への切望、無常、永遠と復活への到達、歓び、自然愛、人間愛、さらにまた人間の悲劇、将来の混沌への恐怖、(我々の内面に潜む?)悪魔、人間の幸福を破壊する脅威、戦争、死。これらを網羅した人間の感情、精神探求についての聖典(バイブル)」と位置づけた。「救済と至上の霊性を得るために全ての悲劇的な運命と闘う」点で、「最も現代的な作曲家」と強調している。

都響でも客演時代の1994―96年に行って以来、2度目のマーラー全曲演奏に当たる。日本のオーケストラは欧米の名門より歴史が浅く、響きの個性に乏しいと言われがちだが、1950―70年代の指導者が特定の作曲家で個性を磨こうと努めた結果、上田仁と東京交響楽団のショスタコーヴィチ、渡邉暁雄と日本フィルのシベリウス、同じく渡邉と都響のマーラーなどの“売り物”が生まれた。今や楽員ほとんどが入れ替わっているが、この3楽団それぞれの得意分野は奇妙なほど正確に引き継がれている。振り返ればクック完成版第10番の日本初演は、渡邉と都響だった。渡邉(第2代音楽監督、初代は森正)の後任、アツモンも就任披露演奏会での第5番を皮切りに、マーラーをしばしば指揮した。第3代音楽監督の若杉弘はついに1988-91年、都響初のマーラーの全曲演奏を実現。若杉の都響定期への初登壇(1978年)も同じ作曲家の第3番である。第4代音楽監督(現・桂冠指揮者)のガリー・ベルティーニも2000―04年に全曲演奏を成功させた。インバルもプリンシパル就任後、折に触れてマーラーをとりあげ、その何曲かは「エクストン」レーベルでライヴCD化されている。

いま都響と改めて、全曲演奏の「2010年代ヴァージョン」に挑む背景には、演奏力の目覚ましい向上もある。「高い集中力と深い理解、色彩豊かで、リズミックなアーティキュレーション、透明性、美しい豊かな響き、雰囲気、そして何よりもマーラーに必要とされるあらゆる表現法のパレットを手に入れた」。マエストロの日本人演奏家に対する信頼は都響にとどまらず、声楽家へも及ぶようだ。独唱者はこれまで主に外国から招いてきたが、今回の連続公演ではなるべく日本人を起用する方針に転じており、新たな響きが期待できよう。

2012年度 インバル=都響
新マーラー・ツィクルス

■2012年9/20(木)19:00
定期演奏会Aシリーズ(東京文化会館)
さすらう若人の歌  小森輝彦(Br)
交響曲第1番「巨人」
■9/29(土)14:00
作曲家の肖像シリーズ(東京芸術劇場)
交響曲第2番「復活」
澤畑恵美(S)竹本節子(MS)
合唱/二期会合唱団
■10/28(日)14:00
作曲家の肖像シリーズ(東京芸術劇場)
交響曲第3番
池田香織(MS) 女声合唱/二期会合唱団
児童合唱/東京少年少女合唱隊
■11/3(土・祝)14:00
作曲家の肖像シリーズ(東京芸術劇場)
子供の魔法の角笛 河野克典(Br)
交響曲第4番 森麻季(S)
■2013年1/22(火)19:00
定期演奏会Bシリーズ(サントリーホール)
リュッケルトの詩による5つの歌
イリス・フェルミリオン(MS)
交響曲第5番

http://www.tmso.or.jp/


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