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菊地雅章

公開
2012/06/20   18:20
ソース
intoxicate vol.97(2012年4月20日発行号)
テキスト
文/高見一樹

(左から)菊地雅章、ポール・モチアン、トーマス・モーガン

韻律の思考
──ようやく陽の目をみる幻のアルバム

『日の出』。何か新しいことの始まりとともに、その前の、何事かの終わりを暗示しているのだろうか。ピアニスト、菊地雅章の3年前にレコーディングされたアルバムがようやくリリースされ、3年の間、閉じられた、何か新しいことと/何事かの終わりの記しを、いまようやくひもといてゆく。3年の間、このトリオのメンバーであるポール・モチアンが他界し、東京のジャズメンは、菊地の健康の回復を祈り、ピットインで彼のためのコンサートを行った。昨年の大地震、大津波に続いた原発事故によって、もしかすると我々の誰一人としてこの音を聴くことができなかったかもしれないという記憶も滲む、ようやくの発売だ。

アルバムに収録されたすべての曲目に、このトリオのメンバーの名前が並記されている。このアルバムに記された音楽は、つまりこの3人によって生まれたのだ。いつから即興演奏にも著作物としてのこのような記しが与えられるようになったのか疑問は残るが、記憶には残らなくても記録には残るから、というのが理由なのだろうか。再演は不可能でも再生は何度でも可能だからか。おそらく、余談ではあるが、再演されることのない、ゴーストのような管理楽曲が、名前だけ与えられ、各国の著作物管理団体におびただしい数、保存されているのではないだろうか。

こんにち、この3人もふくめ、多くのジャズ演奏家がその音楽のエッセンスと考えているのが、即興である。そして、そうした演奏家の即興演奏の現場から最初に排除されたのが楽譜だった。もちろん、即興をコントロール、あるいは発生を促すための楽譜というのも存在する。しかし、おおむね耳と楽器を演奏する身体に集中することによって、音楽にふたたび自由を取り戻す、というのが即興演奏のもっとも基本的なメソッドであり、この菊地雅章トリオのメソッドでもある。おそらくすべてが興演奏によって作られたと予想されるこのアルバムでは、どのように音楽が始まり、持続したのだろうか。

《Ballad I》の最初の和音。菊地氏がピアノに手をおき、指を這わせて発音させる音が、ベーシストに伝わり、それがトリガーとなり次の音の動きが生まれる。すべての動きが共時的に発生し、音楽は動き出す。シンバルのあるいはスネアの律動は、ピアニストの思考にどのような波動としてつたわったのか。あるときピアニストの弾くたった2つの和音が、突然の終わりを宣告したかのように、演奏が止む(《Sticks and Cymbals》)。しかし、それは和音なのだろうか? いくつかの音の組み合わせをこの音楽を聴きながら、和音、あるいはハーモニーと思うと、とたんにここで起きている即興演奏とは別の次元に音楽の印象が傾いてしまう。

3人の音がバラードに聴こえ、あるいは《So What》のようなものから発生したかのように聴こえたとしても、それはすべて事後の、聴くものの連想の中での出来事だ。おそらくすべての録音の総体から、楽曲が分けられ、名を与えられたのだろう(ただ、すべてのセッションが一回だけであり、一過性ものだったかどうかわからない。推敲はレコーディングだからこそ与えらる本人自らの本人への介入のチャンスだ)。そして、ふたたび同じようには再演されることのない、あらたにゴーストのような楽曲が登録されたのだ。

即興するものは、記憶の中で伝統と歴史に対峙し、放たれた音は、記録によってそれぞれの文脈へと回収される。どのような音も、歴史や伝統、演奏する楽器固有の文脈に無垢ではいられない。記録された音に向かい合い、時世を、あるいは自分自身をも排除するかのような方法を模索する。毎朝/毎晩、ピアノ/楽器に手をおき、生まれた響きが何に聴こえるか自問自答を繰り返し、ふたたび目覚めとともに忘却の此方にふたたび向かい、またピアノ/楽器に手をおく。右手と左手に分けられた音の運動の前にピアノの音という考え、そしてその音を手の動きに回収する。ピアノ演奏の技法の体系を失効させてピアノの音を想像することは可能なのか、おそらく、極限にまでピアニスト/演奏家の思考はたどり着く。

目(楽譜)から解放された演奏家は、皮肉にも耳によって再び、つまり記録された音によって、未知を塞がれてしまうのだろうか。記録された音の、生きているかのような歴史に囲まれつつ、さらに新たな音を付け加えるための方法を想像する。

様々な音楽の記憶に絡めとられながらも、3人の演奏家たちのが聴いたものの一部がこぼれ落ち、『サンライズ』と名が与えられ、この音楽が生まれた。ジャズの歴史を生きたドラマーとジャズを生きようとしている若手のベーシスト、そしてジャズを生き続けているピアニストの聴きたかったものの記録は、3年の沈黙をへて、ようやく饒舌にジャズの現在を駆動させつつある、のではないだろうか。

LIVE INFORMATION

2012/6/24(日)
16:30開場/18:00開演
20:00開場/20:45開演

25(月)
17:30開場/19:00開演
20:45開場/21:30開演

出演:菊地雅章(ピアノ)、トーマス・モーガン(ベース)、トッド・ニューフェルド(ギター)

会場:ブルーノート東京
http://www.bluenote.co.jp/

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