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ダンス音楽の快楽そのもの! ペーパークリップ・ピープルの傑作が再発

連載
Y・ISHIDAのテクノ警察
公開
2012/08/03   20:00
更新
2012/08/03   20:00
テキスト
文/石田靖博


長年バイイングに携わってきたタワースタッフが、テクノについて書き尽くす連載!!



今回は大物、カール・クレイグが登場だ! この連載を読まれるテクノ・リテラシーの高い方々に彼のことを語るのは釈迦に説法ですが、師匠格のデリック・メイ、そしてジェフ・ミルズ、マッド・マイク(アンダーグラウンド・レジスタンス)などデトロイトの巨星たちに比べたら地味、華がないのがカール・クレイグのイメージではないだろうか。しかし、音楽的才能の埋蔵量は彼がいちばんかもしれない。

なぜ才能があるのにカール・クレイグは地味なのか? まずは現場でのパフォーマンス力が弱い、という点だろう。20年近くきちんとした作品を制作せずとも力技&陽性なDJプレイでいまだに現役バリバリのデリック・メイ。特に90年代初頭のハード・ミニマル期はそうであったが、圧倒的すぎるスキルとスピードで〈リアル進行形の伝説〉的なDJであり続けるジェフ・ミルズ。ノー顔出しで尋常じゃないカリスマ感を漂わせつつ、ギャラクシー2ギャラクシー名義のライヴではジャズ? ファンク? フュージョン?にも通じる音楽的な足腰の強さを見せて非テクノ・リスナーも巻き込んでいったマッド・マイク。この巨星たちに比べると、カール・クレイグのパフォーマンスって正直印象は薄い。

筆者が初めて彼のパフォーマンスを観たのは10何年も前、大阪はジャグリンシティなる名門レゲエ・クラブで行われたジャイルズ・ピーターソン(!)との共演イヴェントだった。「うぉー! カール・クレイグだー、ヤベー!」というこちらの思い込みとは真逆の、正直ピッチを合わせるのもおぼつかないレヴェルのDJっぷりに、(前後関係怪しいけど)その以前に観たデリック、ジェフなど巨星による圧巻のプレイとの落差にショボンとして帰ったのが逆に印象的だった。

その後、何回か観たような記憶があるけど、カールには大変申し訳ないがあんまり覚えてないのだ。久々にカールを観た2010年の〈WOMB ADVENTURE〉(レポはこちら)では今時のDJプレイが非常にカッコ良かったので、カールの名義のなかでもっともヤバい69でのライヴがあった翌年の〈WIRE11〉(レポはこちら)にも震えながら行ったのだが、ただ名曲だけプレイしてくれたら良いのに……というフロア中の期待を(悪い意味で)外した謎のパフォーマンスをしたのも安定のカール・クレイグ・クォリティーだったのだ。

次に、天才すぎるがゆえの才能の分散(?)というか、わかりにくさだと思う。上述の69もそうだが、カール自身だけでなく、サイケ、BFC、トレス・デメンテッド、デザイナー・ミュージック、インナーゾーン・オーケストラ……など有名どころだけでもこんなに名義があるし、かと言ってキッチリ棲み分けができているわけではない。93年の超名作コンピ『Virtual Sex』にて発表されたカール・クレイグ名義の大名曲“At Les”が最終的にはインナーゾーン・オーケストラ名義となったり……スゴい曲が多名義で分散されたりする。特にカール・クレイグ名義での近作がそうだが、幅広くいろいろとやってしまう業のため、良さがぼやけてしまっていたように思うのだ。

そして本題。カール・クレイグ仕事の最高峰の一つでもある傑作がリマスター再発されたのだ。そう、ペーパークリップ・ピープルの唯一のアルバム『The Secret Tapes Of Dr. Eich』である。何が素晴らしいかと言えば、ペーパークリップ・ピープルにおけるカールは、ファンキーにケツを揺らすディスコ・ハウスの快楽のみを追求して、余計なことを一切やっていないことであろう。

タイトル通りシンセの発信音と荒々しいリズムが最高な“Oscillator”、途中の〈ドドドドドド〉って音がインパクト大でカッコ良い“Paperclip Man”、ファースト・チョイス“Love Thang”のループがどファンキーな“The Climax”など、即死級のディスコ・ハウスが並んでいる。そのなかでも、ロレッタ・ハロウェイ“Hit And Run”のブレイクを執拗にループさせ、ハウス・シーンで大人気となった“Throw”、腰がクイクイ動かざるを得ないベースラインとシンプルかつどカッコ良い4つ打ちビートのみで突っ切る“Floor”は超絶的にカッコ良すぎる! ハウス、というかダンス・ミュージックの根源的な快楽のみで構成されたこれらの曲に、古いも新しいもない!

今作にはマニュエル・ゲッチング“E2-E4”のリメイクである“Remeke”は未収ではあるが、それによってペーパークリップ・ピープルの腰から下しかないファンキー感によりフォーカスされたので、結果的に良かった。カール・クレイグのことをよく知らない人や、テクノを知らない人こそこのアルバムは聴くべき! 本作はダンス・ミュージックの快楽そのものである、と言うと大袈裟ではあるかもしれないが嘘ではないのだ。

こうなると、ペーパークリップ・ピープル名義でのパフォーマンスとか観たいよなーと思うのが人情。ただひたすら曲を連発すればカール史上最高のパフォーマンスになることは約束されているのだが、天才の業ゆえ、変なことや実験的なことを演るのがまた、カール・クレイグの安定運行なのであろう。



PROFILE/石田靖博


クラブにめざめたきっかけは、プライマル・スクリームの91年作『Screamadelica』。その後タワーレコードへ入社し、12年ほどクラブ・ミュージックのバイイングを担当。現在は、ある店舗の番長的な立場に。カレー好き。今月のひと言→間が空いてテクノ警察ファン(いるのか?)には心配かけましたが、Perfume「Perfume 3rd Tour JPN」を観て泣きながら元気に過ごしてます。ちなみにこのDVDのジャケはルチアーノのレーベル・カデンザの一連のジャケ群に似てると思う今日この頃。