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〈奇跡〉と言える気品を湛えたシェルビー・フリント

連載
岡村詩野のガール・ポップ今昔裏街道
公開
2012/09/25   12:00
更新
2012/09/26   13:40
テキスト
文/岡村詩野


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ライター・岡村詩野が、時代を経てジワジワとその影響を根付かせていった(いくであろう)女性アーティストにフォーカスした連載! 第4回は、60年代に活躍し、短いキャリアながらひっそりと愛され続けるシェルビー・フリントを紹介します



今回は本連載初の洋楽とまいりましょう。私・岡村は現在ありがたいことにいくつかのラジオ番組のパーソナリティーをやらせていただいているのですが、そのなかのひとつに唯一全国どこででも聴いていただける番組があります。レインボータウンFMでやっている〈radio kitten〉というプログラムなのですが、残念ながらこの9月いっぱいで一旦終了するということで、先日ゲストにスカートの澤部渡くんをお招きしました。音大出身の澤部くんはギター、ベース、ドラム、サックスなどなど楽器ならおおよそ何でもこなせるマルチプレイヤーであり、現代屈指のメロディーメイカーだと思えるアーティストですが、同時に20代とは思えぬ音楽趣味の持ち主でもあります。そんな彼に丸々選曲をお願いしたら、これがまあ驚くほど渋い……というより粋で洒落たセレクトで感激しました。

ズート・マネーやジョージー・フェイム……というのはわかるとして、彼がフェイヴァリットだと自認するブロッサム・ディアリーの、それもヴァイナルはン万円もするという70年代のラウンジ・ジャズ・アルバム『That’s Just TheWay I Want To Be』から選んできたのにはさすがに舌を巻いた次第。しかも中学生くらいの頃からブロッサムを聴いていたというのだから、さぞかし趣味の合う友達がいなかっただろうなあ――30年前の自分を重ね合わせて想像してしまいます。

そんななかでもっとも唸らされたのが、過去の限られた作品がひっそりと愛され続けているレジェンダリーな女性シンガー、シェルビー・フリントでした。シェルビーは39年生まれだそうなので、現在73歳(!)。カリフォルニア州(イリノイ州という説もある)出身で58年にデビューした当時の人気歌手です。シェルビーの作品がアルバムとしてもっとも高く評価されているのはおそらく、彼女の才能をいち早く見初めたプロデューサー/ソングライターのバリー・デヴォーゾンと、当時のウェストコースト・シーンの人気アレンジャーだったペリー・ボトキン・ジュニアがバックアップした『Cast Your Fate To The Wind(邦題:風の吹くまま)』(66年)でしょう。ビートルズ“Yesterday”のカヴァーも含むこのバーバンク・サウンド調のアルバムが、歌手としては決してキャリアが長くないシェルビーのイメージを決定付けているところもありますが、この人の魅力はシングルを連発していた初期の軽やかなポップスを歌っていた時代にもありました。バリー・デヴォーゾンのレーベル=ヴァリアントから61年にリリースされた彼女の最初のヒット・シングル“Angel On My Shoulder(邦題:肩に天使)”などは、ロネッツやシュープリームスといったガールズ・グループとはひと味違う、春風のようにうららかで愛らしい歌声でいま聴いても胸が躍る名曲です。

澤部くんがラジオのために用意してきてくれたのは、その時代のシェルビーが聴ける初期シングル・コンピ『The Complete Valiant Singles』に収録されている“What's New Pussycat”でした。そう、これはトム・ジョーンズのヒットでお馴染みのハル・デヴィッド/バート・バカラック作〈何かいいことないか子猫チャン〉ですが、こんなにコケティッシュで可憐な〈子猫チャン〉カヴァーもないと思えるほどとにかく可愛らしい! 決して巧い歌い手ではないウィスパー系、なのにまったく雰囲気モノではないその気品といったら奇跡と言えるほど。彼女の歌声をジョニ・ミッチェルが絶賛したことは有名なエピソードです。

ズーイー・デシャネルとM・ウォードによるシー&ヒムあたりが好きな若いリスナーにぜひとも聴いてほしいシンガーであるシェルビー。しかしながらその後レーベル買収などの不遇もあり、70年代以降は表だった活動をほとんどせず、いつの間にか現場から身を引いてしまいました。いま、彼女はどうしているのでしょうか。約40年ぶりにビル・フェイが新作をリリースする昨今、健在ならば新作をぜひ作ってほしいと願うばかりです。できれば澤部くんあたりが呼びかけて……。

澤部くんは〈新しいものはほとんど聴かない〉〈ロックが好きではない〉と断言しています。確かに先日行なわれた昆虫キッズのライヴで彼が大きな身体を揺らしていたのも、昆虫のなかでもバブルガミーなメロディーを持った曲でした。そこにシェルビー・フリントやブロッサム・ディアリーの断片を感じ取っていたのかもしれません。