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第39回――ビューティ・ペア

連載
その時 歴史は動いた
公開
2012/10/24   00:00
ソース
bounce 349号(2012年10月25日発行)
テキスト
文・ディスクガイド/久保田泰平


ビューティペア_A

76年秋、歌謡界では二組の〈ペア〉に眩いスポットライトが当てられていました。一組はピンク・レディー。ポップで弾けた楽曲と大胆な振り付けで注目を集め、その振りマネに励む少女たちも取り込んで、デビュー早々から人気アイドルの仲間入りをしました。そしてもう一組がここで紹介するビューティ・ペア。全日本女子プロレスでタッグを組む二人が煌びやかな衣装を身に纏い、自身の〈戦場〉である四角いリングの上で熱唱しはじめた〈その時〉、女子プロレスの人気が急上昇。白いマットのジャングルに二輪の花を咲かせるアイドルとして、彼女たちは一大ブームを牽引したのでした。

ビューティ・ペアは、ジャッキー佐藤とマキ上田によるタッグ。75年、共にリング・デビューを果たして翌76年初めにタッグを結成。年齢は当時それぞれ19歳と17歳。初戦となった王座戦で、それまで全日本女子プロレスのエースとして君臨していた赤城マリ子・マッハ文朱ペアを下し、女子プロレス界に新時代の幕開けを告げました。必殺技〈ビューティ・スペシャル〉を武器に華々しい戦績を積み重ねていった二人は、同年11月にシングル かけめぐる青春 でレコード・デビュー。紙テープや紙吹雪が舞うリング上での歌唱パフォーマンスが試合前のセレモニーとして恒例となり、ゴールデン・タイムでのTV放送も相まって一躍注目の的に。試合会場は、それまでプロレスとは無縁だった女の子も詰めかけるほどの盛況ぶりでした。歌う時は宝塚歌劇「ベルサイユのばら」のオスカルとアンドレを彷彿とさせる出で立ち、試合となれば流血も辞さないファイティング・スピリットを見せる——芸能とプロレスという二大エンターテイメントをミックスさせ、ピンク・レディーとはまったく違うヴェクトルで〈女子の逞しさ〉をお茶の間に届けたビューティ・ペアは、かつてないスタイルのスターだったのです。

その後も、 真っ赤な青春 バン・ババン などコンスタントにリリースを重ねていった彼女たち。だがやがてその人気にも翳りが見えはじめ、79年2月に〈負けたほうが引退〉というルールのもと、ジャッキーとマキが対戦。そしてマキが敗れ、ペアが解散したのと同時に、女子プロレス・ブームもひとまず終焉を迎えたのです。ジャッキーは81年に引退(86年に復帰するも88年に再度引退)しています。しかしその後、ビューティ・ペアの遺伝子はクラッシュギャルズが継承し、80年代中期〜後期にかけてふたたび女子プロレス・ブームが訪れるのでした。

 

ビューティ・ペアとその時々



ビューティ・ペア 『ゴールデン☆ベスト ビューティ・ペア ビューティ・スペシャル』 ソニー

“かけめぐる青春”など全6枚のシングルA/B面曲のほか、浅草国際劇場でのリサイタル・シーンや貴重なインタヴューなど初CD化音源も満載した最新ベスト。なかでも永遠のライヴァル=ブラック・ペアとの熱戦実況は聴きものです。2人に送られる黄色い声援たるや! 女子を巻き込んでの人気ぶりを思い知ることができますね。

 

ピンク・レディ 『ゴールデン☆ベスト ピンク・レディー〜コンプリート・シングル・コレクション』 ビクター

ビューティ・ペアが打たれ、投げられ、締められる姿も、ミーとケイが脚を開いてリズムを刻む姿も男子にとっては刺激的、女子にはそれが逞しさと映っていたのでしょう。いずれにしても時代を喰ったモンスターです。

 

クラッシュギャルズ 『ゴールデン☆ベスト SQUARE JUNGLE/FOREVER CRUSH GALS』 ビクター

長与千種とライオネス飛鳥によって84年に結成。ベビーフェイスのタッグとして人気を集め、歌手デビューも果たすと女子プロレス・ブームが再燃します。ファイティング・スタイルも楽曲も、先輩より数段パワフルでした。

 

ももいろクローバーZ 『バトル アンド ロマンス』 スターチャイルド(2011)

プロレスとアイドル──といえば、楽曲やそのタイトル、ステージング、衣装などさまざまなところにプロレスネタを仕込んできた彼女たち。“Chai Maxx”のPVはまさにだし、昨年の秋にはグレート・ムタの弟子として全日本プロレスのリングにも登場!ってね。

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