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Gregory Porter『リキッド・スピリット』

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o-cha-no-ma LONG REVIEW
公開
2013/09/06   15:39
ソース
intoxicate vol.105(2013年8月20日発行号)
テキスト
text:渡辺 亨

今、世界中でもっとも求められる「声」

「大きい熊のぬいぐるみのようなジャズ・シンガー」。茶化しているわけではない。今年3月の初来日公演で、大学時代はフットボールの選手だったグレゴリー・ポーターのたくましい体躯を間近に見て、シチューのような温かい歌声に触れた人には分かってもらえるだろう。もし自分の愛する子供や恋人が独りで夜を過ごさなければならない時は、彼らが眠りにつくまで代役として枕元にいて欲しい。こんな風に思ってしまうほど包容力にあふれた歌い手なのだ、グレゴリー・ポーターは。

グレゴリーの通算3作目『リキッド・スピリット』は、ブルーノート移籍第1弾にあたる。もっとも、この移籍は、EMIがユニバーサル・ミュージック・グループに買収されたことによるもので、3月にインタヴューした時すでに彼から「ユニバーサル・フランスと契約したんだけれど、新作はブルーノートから出るかもしれない」と僕は聞かされていた。こうした事情もあって、『リキッド・スピリット』のスタッフやミュージシャンの陣容は、これまでとほぼ同じ。すなわち制作の主導権はグレゴリー側にあり、また、名門レーベルへの移籍第一弾だからといって、気負いのようなものは感じられず、いたって自然体。この点が、いかにもグレゴリーらしい。

グレゴリー・ポーターはジャズ・シンガーであると同時に、マーヴィン・ゲイやダニー・ハサウェイの遺志を受け継いでいる自作自演歌手である。つまり70年代のニュー・ソウル系アーティストのように社会問題にも目を向け、普遍的な「人間愛」を切々と歌い上げる。この新作にも、格差社会を題材とした曲や、公民権運動に生涯を捧げたマーティン・ルーサー・キング・ジュニアの名前が歌い込まれた曲がある。煮え立つ鍋のような熱いスピリット。しかし、ヴォーカルはあくまでも優しく温かい。風味豊かだが、のどごし爽やかな深煎りのスペシャリティコーヒーのように。『リキッド・スピリット』は、こんなアルバムだ。

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