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インタビュー

クオン・ヴー

おぼろげなシンプリシティ


6歳の時にアメリカに移住したという経歴を持つ1969年ヴェトナム・サイゴン生まれのトランペット奏者、クオン・ヴー。近年は何と言ってもパット・メセニー・グループの正式メンバーに抜擢され、2002年の『Speaking Of Now』、2005年の『The Way Up』に参加し、それぞれのワールド・ツアーにも参加して日本の地を数回も踏んで知名度は格段に高まった彼ではあるが、『Speaking Of Now』で大活躍したベーシストのリチャード・ボナやこの数年メセニーのプロジェクトにことごとく関わっているドラマーのアントニオ・サンチェスに比べれば、作品でもステージでもいくぶん地味な存在であったことは否めない。

 西海岸北部のシアトルで育ったヴーは、80年代後半に東海岸ボストンにあるニュー・イングランド音楽院へと進学し、そこで音楽家としての基盤を育んだ。現在もなお彼の右腕的存在でもあるベース奏者のツトム・タケイシやヴーのこれまでの作品に参加してきたジム・ブラック(ds)、ジェイミー・シャフト(key)などと出会い、メデスキー・マーティン&ウッドのジョン・メデスキ(key)や藤井郷子(p)の恩師でもありECMレーベルからリーダー作もリリースしているサックス奏者/作曲家のジョー・マネリには音楽的に最も影響を受けたとされている。ジャズ、ロック、ファンク、現代音楽など様々な要素をオーガニックに散りばめながら、フリー・フォームで豊かなハーモニーと水平方向に広がりをみせるリッチなメロディを独特のトランペットの音色で響かせるクオン・ヴーの音楽は決して難解なものではなく、聴き込むほどに聴き手のイマジネーションをやさしく刺激する良質なものだ。

 1994年にニューヨークに移り住んだヴーは、ピアノ奏者で音響職人でもあるジェイミー・シャフトとの共作をダウンタウン・シーンの重鎮ジョン・ゾーンのサポートのもと97年にリリースし、その後もベース奏者のタケイシ・ツトムとジム・ブラックやジョン・ホーレンべックといった個性的なドラマーを迎えた3作のリーダー作をリリースしてきた。そして2004年には奇才ギタリスト、ベン・モンダーなどと活動する当時23歳のドラマー、テッド・プアを新たにメンバーに迎え、新トリオを始動させたのだ。

 パット・メセニーをして〈バンドのどのメンバーよりもこれまでのぼくの作品を完璧に憶えていて、ぼくのバンドに入るべく音楽家になったような男〉と言わしめたヴーではあったが、実は以前から敬愛するもうひとりのギタリストがいたのである。そう、シアトル在住の孤高のギタリスト、ビル・フリゼールである。シアトルでのクオン・ヴー・トリオのライヴにフリゼールが飛び入りしてすっかり意気投合したヴーは、迷うことなくフリゼールにレコーディングへの参加を依頼することを決意した。2005年1月に両者を結びつけた縁深いシアトルの地で録音されたクオン・ヴーの新作『残像』、そこに収められた二人の音楽的な対話はアルバム全曲でそれぞれとても潤沢なストーリーを生み出している。

 残響系のエフェクターを通して絶妙な加減でコントロールされたゆるやかな音色で息の長いメロディを奏でるクオン・ヴーのトランペットと、近年ではすっかり影を潜めていたフリゼールのワイルドでエネルギッシュな歪み系ギターのコントラストが随所で見事な緊張感を生み出し、爽快感すら感じさせるクライマックスへと聴き手を導いていく。タケイシのエレクトリック・ベースは、空間を無駄にすることなく往年のブルーズ・ロックのように骨太でコール&レスポンスに満ち、テッドのドラムスはヴーのトランペットを飛翔させフリゼールのギターを挑発するかのように大胆不敵なビートを叩きだす。ヴーのトランペットとメランコリックなメロディをユニゾンしながらも、フリゼールのギターが凶暴に豹変していく冒頭のタイトル曲の不思議な高揚感に心酔し、テッドの超人的な高速 "生" ドラムン・ベースにのってヴーとフリゼールの音響装置が創りだす凄まじいサウンドスケープとスピード感に "ネイキッド・シティ" 的興奮をおぼえ、浮世離れしたフリー・フォームなアメリカーナを感じさせるフリゼールのソロとエキスペリメンタルなヴーのソロが途切れることなくひとつの音楽になっていくさまに、時が経つことすら忘れてしまう。共演歴もない若手3人と、まるで何十年も一緒にバンドをやってきたかのような鋭い磁場を出しつつも、完全に80年代後半の若かりし自分の姿をパロディにしてしまったかのような喜々とした暴れっぷりで、きわめて個性的にヴーの音楽の魅力を拡大投影してみせてくれるフリゼールのサポートぶりは、感動的ですらある。

 クオン・ヴーの新作『残像』は、冒険心に満ちたヴーの音楽的野心とそれをすぐさま理解した孤高のベテラン、フリゼールの音楽家としての熟練さが生み出した美しいコラボレーションだ。両者のシームレスなインタープレイを支えるタケイシとテッドのリズム陣が生みだす多彩なグルーヴと遊び心満点の奇想天外な場面展開は、まさに彼らにしかなしえなかったといえるであろう。聴き込むたびに彼ら4人の音楽は新たな色彩をはなち、昨日とは違う新鮮な響きをあなたに届けてくれる。そして聴き終わった後に残るもの、それはクオン・ヴーの静かでぼんやりとしたトランペットが奏でるおぼろげで美しいメロディなのである。

カテゴリ : ニューフェイズ

掲載: 2005年12月08日 17:00

更新: 2005年12月08日 21:42

ソース: 『bounce』 58号(0/0/0)

文/稲田 利之