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インタビュー

田中カレン

《アーバン・プレイヤー》― チェロとオーケストラのための
──2011年1月東京都交響楽団定期演奏会で、日本初演!

毎年1月、東京都交響楽団の定期演奏会は現代の作品がクローズアップされる。2011年は、同世代と言ってもよく、ともに海外での評価も高い権代敦彦と田中カレンの作品がならぶ。後者、田中カレンの作品は、日本初演、このひとの〈協奏〉的作品がコンサートで演奏される機会はあまりない。そこで、合衆国カリフォルニアにいる作曲家へのメール・インタヴューをおこなった。

──この作品を作曲するきっかけは?

「《アーバン・プレイヤー》は、元クロノス・クァルテットのチェリスト、ジョーン・ジャンルノーと彼女の母ジェーン・ダッチャーの委嘱で、ジャンルノーとケント・ナガノ指揮バークレー交響楽団の為に作曲しました。ジャンルノーとの出会いは、1998年、クロノス・クァルテットが八ヶ岳音楽祭で来日したときです。その時、彼女に独奏チェロとエレクトロニクスの為の《ソロモンの雅歌》の楽譜を渡したところ、気に入ってくれて、演奏・CD録音をしてくれたのです。そうした縁で、本作品を作曲することになりました」

──ジャンルノーはどういう演奏家でしょうか? また、彼女の演奏の魅力とは?

「ジャンルノーがクロノス・クァルテットのメンバーだったのは1978-1999年。クロノスがジャンルを超えた斬新なレパートリーで音楽界に旋風を巻き起こし、存在を確立して行く上で、ジャンルノーは音楽的にもイメージ的にも、まさにグループのアイコン的存在だったと思います。一流の演奏家である上に、彼女は時代の先端を敏感に捉えるセンスも兼ね備えていました。それがライヒ、グラス、ピアソラ、ライリー、アダムス、その他数多くの現代作品と見事に融合し、現代に於ける弦楽四重奏の名作の数々を世に送り出したのだと思います」

──このチェリストの〈演奏・資質〉は、作曲にあたって、どのようにはたらいていますか?

「ジャンルノーの演奏は、クラシックだけ演奏する奏者とは違い、表情豊かでダイナミックなのに加え、都会的な現代の音がします。彼女がヨーロッパではなく、サンフランシスコ出身ということも関係あるのかも知れません。作曲にあたっては、そうしたロマンティシズムと現代的な響きが見事に調和された彼女の演奏・音質の特性を最大限に活かすことに留意しました」

──ご自分で作品について説明するとしたら、〈どんな作品〉となりますか? 《アーバン・プレイヤー》というタイトルについては? 

「題名の〈アーバン(都会の)〉〈プレイヤー(祈り)〉は、不安や緊張の中で生きる現代の人々の祈りを示唆しています。これまで旧約聖書の題材をもとに《ソロモンの雅歌》、《ガーディアン・エンジェル》という曲を書き、古代の物語と現代のテクノロジー、現代の音楽語法を重なり合わせることを試みましたが、《アーバン・プレイヤー》もそれらの延長上にあります。私が最初に祈りと接したのは、聖書と出会った幼稚園の時でした。その後、中学の選択授業でオルガンを学び、バッハやペータースのオルガン作品に傾倒し、高校の頃にはバーンスタインのミサ曲やメシアンの神秘的な世界、現代作品に於ける祈りに心を奪われ、留学したパリでは、コンピューター音楽を学ぶ傍ら、メシアンをはじめヨーロッパの作曲家の根底にあるカトリックの信仰を学ぶべく、教会の数々を訪れる機会に恵まれました。時を経て、現在カリフォルニア州サンタバーバラの教会のオルガニスト兼クワイヤーマスターを務めています。幼少からのこうした経験が、自分自身の音と思考に深く影響を与え、現代人の祈りを現代の音で表現する欲求へと駆り立てました」

──〈協奏曲〉というスタイルは、ソロ/オーケストラという二項対立的、つまりはとても西洋的な発想でなりたっているとおもいますが、そのあたりのことについて、何か考えることがありますか?

「私の作品は、各々に題名があり、各々に特有のイメージやインスピレーションがあるので、敢えて協奏曲・交響曲などとは言いません。ソロとオーケストラという形態は、先唱者と会衆と置き換えれば、ヨーロッパでは古代より存在したと考えられます。先唱者と会衆は、統合されて一つの響きとなるので、それを二項対立と言ってしまって良いかどうか、不確かです」

──〈協奏曲〉におけるヴィルテュオジテについて考えることがありますか? あるいは、この作品では、そうしたものをどういうところで演奏家に求めているといえますか?

「この作品では、現代人の祈りを現代の音で表現することがテーマでしたので、技術を披露するようなヴィルテュオジテは求めていませんでした」

──日本初演で演奏されるのは古川氏ですが、異なった演奏家がソロをとることについての期待その他についてお教えください。

「川さんは、ポップス、ジャズ、タンゴなど他ジャンルのアーティストとのコラボレーションも積極的に行い、ユニット〈KOBUDO〉も結成されて、新たな音楽の境地を開拓されており、私が求めている〈現代人の祈りを現代の音で表現する〉のにとても相応しい方だと思い、楽しみにしています」

──近年のご自身の作品と傾向について、うかがわせてください。

「最近は、映像と音楽に興味があり、カリフォルニアへ引越してから、ドキュメンタリー映画やアニメの音楽も作曲しています。パリに住んでいた頃は、トリスタン・ミュライユからスペクトラル音楽を、ルチアーノ・ベリオからヨーロピアン・モダニズムを学びましたが、そうした勉強の下積み時代を経て、今は自分が本当に書きたい音楽を書いている実感があります。現在は、ラジオ・フランス委嘱のオーケストラ作品、ピアノ作品《テクノ・エチュードII》、カワイ出版から出版予定のピアノ曲集《地球》を作曲中です」

──CDがリリースされるときいています。

「ノルウェーの女流ピアニスト、シグナ・バッケが私のピアノ作品集を録音し、ノルウェーの【2L】というレーベルから年内にCDが発売予定です。《ウォーター・ダンス》という新作も含まれています。バッケはグリーグ音楽院の教授で、グリーグの演奏に高い評価がある人で、北欧の透明感と豊かな叙情が見事に融合された演奏です。【2L】は最先端の録音技術と音質に定評があり、グラミー賞のサラウンド・システム部門でノミネートされています」

 
『東京都交響楽団 第710回定期演奏会 Bシリーズ』
2011年1/18(火)19:00開演(18:20開場)
プレトーク 18:35~18:50  権代敦彦(作曲家)・片山杜秀(音楽評論家)
会場:サントリーホール 
出演:J・シュトックハンマー(指揮)向井山朋子(P)古川展生(vc) 
曲目:プーランク:組曲「牝鹿」 、 M・A.ダルバヴィ:ヤナーチェクの作品によるオーケストラ変奏曲 、権代敦彦:ゼロ ― ピアノとオーケストラのための、田中カレン:アーバン・プレイヤー ― チェロとオーケストラのための(日本初演)

『東京都交響楽団 第711回定期演奏会 Aシリーズ』
2011年1/24(月)19:00開演(18:20開場)
プレトーク 18:35~18:50  西村朗(作曲家)・片山杜秀(音楽評論家)
会場:東京文化会館 
出演:J・シュトックハンマー(指揮)須川展也(sax)
吉野直子(hp)永野英樹(P) 
曲目:西村朗:サクソフォン協奏曲「魂の内なる存在」 、ジョリヴェ:ハープと室内管弦楽のための協奏曲 、西村朗:幻影とマントラーオーケストラのための 、ジョリヴェ:ピアノ協奏曲

www.tmso.or.jp

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2010年12月22日 20:55

更新: 2010年12月22日 21:03

ソース: intoxicate vol.89 (2010年12月20日発行)

interview & text :小沼純一 (音楽・文芸批評家/早稲田大学教授)