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インタビュー

仲道郁代

協奏曲で実力を発揮する仲道郁代
──ショパンにベートーヴェン。2種類の新譜をリリース

邦人クラシック演奏家の新譜のリリースが少なくなっている中、協奏曲だけで2種類の新譜をリリースする仲道郁代。これまでの着実な演奏活動の積み重ねが花開いた、そんな感じである。まず12月22日にリリースされるのが、有田正広指揮クラシカル・プレイヤーズ東京とのショパン、ピアノ協奏曲第1&第2番。もちろんオーケストラもオリジナル楽器使用で、ピアノは1841年製のオリジナル・プレイエルである。

「プレイエルのピアノと一口に言っても、実はひとつひとつの楽器がとても違っています。当時のプレイエルは様々なシステムを試していたようで、ピアノ・メーカーとして実験精神にあふれた時代ですね」

筆者も個人的にいくつかのプレイエル・ピアノ(オリジナル状態の)を実演で聴いた事があるけれど、確かにその響きはちょっとづつ違っている。

「今回使用したプレイエルはとても繊細な楽器ですが、鍵盤のタッチによって実に複雑なニュアンスを表現できるんです。ひとつひとつの音符に息を吹き込むように感情を込めて弾くと、そこから想像を超えた豊かな表現が生まれてくる。そのニュアンスの豊かさを録音でも感じてほしいです」

指揮の有田正広は自分の録音の時も綿密な調査をもとに楽器や楽譜を選ぶことでも知られている。今回も協奏曲の自筆譜(第2番は一部残っている)、初版譜を取り寄せて丁寧に研究し、それを演奏に生かした。

「有田さんは、僕はショパンにはまってしまいました、と仰っていました。そのぐらい様々な研究を積み重ねていて、もしかすると日本でいまショパンに一番詳しい方になっているかもしれません。ヨーロッパの研究家の方ともコンタクトをとったり、ショパンの手紙を読み込んだり。そういうすべての努力が録音の中に生きていると思います」

現在ショパンの楽譜はポーランドの国家的な事業としてヤン・エキエルなどによる校訂譜が出版されている。しかし、実際にショパンが残した楽譜やそこへの書き込みは膨大な量にのぼり、そこからどの情報を使うかは演奏家の判断に委ねられている部分が大きい。

「協奏曲でも、いくつかの楽譜を比べると、あまり気がつかない音符にアクセントが付けられていたりします。それと今回オリジナル楽器で演奏したことによって、ピアノとオーケストラの楽器のバランスが非常にクリアに分かると思います。ショパンは管弦楽法を知らないと言われてきましたが、オリジナル楽器を使って演奏すると、ショパンがいかにオーケストラを上手く使っていたか、ピアノとのバランスを考えていたかが分かるはずです」と仲道は強調する。確かに、今回の録音によって発見したのは、楽器とピアノの見事なコラボレーションであった。華麗なだけではないショパンの協奏曲の室内楽的な魅力を発見することもできるはずだ。

さて、続いては第1弾も話題となったパーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンとのベートーヴェンの協奏曲全集の第2弾(2011年2月2日リリース予定)。こちらは2006年にベルリンで録音されたもので、第1、第2、第4の他に《ロンド変ロ長調》も収録した。

「4年前に録音したものですが、自分がその時にどんな演奏をしたかとか、すっかり忘れてしまっていて、改めて聴いてみると、とても新鮮でした。私はこんな風に演奏していたのか、と。特に第1番と第2番は私の録音の中でもベストに推したいぐらいの良い演奏をしていると思いました」

パーヴォとドイツ・カンマーフィルの演奏スタイルは完全なオリジナル仕様ではないけれど、トランペットはヴァルヴなし、ティンパニは19世紀初頭のスタイルで、ヴァイオリンは対抗配置。溌剌とした音楽作りは若きベートーヴェンの覇気を感じさせる。

「ドイツ・カンマーフィルの柔軟性は特筆すべきものです。例えば第4番の第2楽章で、ピアノとオーケストラが対話をする部分では、ピアノの弾く弱音より、さらに小さな音でオーケストラが演奏するんです。これは他の楽団では体験できないことで、ドイツ・カンマーフィルと共演する醍醐味のひとつです」

仲道の使用ピアノは現代のスタインウェイだが、オーケストラの躍動感に合せて、ピアノが輝きを増す。そのコラボレーションはまさにベートーヴェンも期待していたものに違いない。ベートーヴェンはこれでソナタと合せて、協奏曲も全曲収録したことになる。また、現在はモーツァルトのピアノソナタ全曲録音も進行中だ。

「なにかすごく計画的に進めているようですが、実際には常にあっぷあっぷで、その都度頑張っているに過ぎないんです。でも、それが形になると、なんか凄いことをやったなと自分でも思える。そういう人生のようです(笑)」と屈託なく語る仲道だった。

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2011年01月06日 12:28

更新: 2011年01月06日 12:55

ソース: intoxicate vol.89 (2010年12月20日発行)

interview & text :片桐卓也