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インタビュー

クリスチャン・フェネス

フェネスの終わることのない〈終わらない夏〉
「龍一とのコラボレーションは、僕にとってある意味でスピリチュアル・ミュージックなんだ」



それ以前、それ以降の景色を大きく変えた〈終わらない夏〉男。そう、クリスチャン・フェネスのことだ。2001年にリリースされた叙情派エレクトロニクスのエポックメイキング『Endless Summer』が与えた影響は、マニアックな実験音楽だけでなく、今や一つの手法としてポップミュージックにも採り入れられるほどだ。そんな彼の名をより大きく世に知らしめることになった坂本龍一とのコラボレーション。かれこれ8年は続いているというこのコラボによる2作目が4年ぶりに完成した。

ラテン語で〈川〉を意味する本作『Flumina』。前作『Cendre』よりも深く、重い質感をもちながらも絶え間なく流れ、湧き出るサウンドは、身を任せて漂うというよりも、ゆるやかな24本の川が大海原へ流れ出る一つの壮大なドラマを感じさせるものだ。

「このアルバム作りは3年前から始まっていたんだ。龍一が日本ツアーで毎回1曲即興でピアノを弾いていて、しかも24回すべて違うキーで演奏していたんだ。その曲を元にして僕が音を加えていったんだ」

前作はフェネスが作ったサウンドファイルを坂本に送り、そこにピアノが加わるという制作過程だったが、今作では、まったく逆の手法が取られた。フェネスの音作りを念頭に置いて弾いたという坂本の24個のピアノ・ピース。そこに丁寧に音を置くフェネス。「龍一からの要求は何もないよ。お互いに信じ合ってるからね」というフェネスの音作りは、非常に繊細で、気の遠くなるような編集作業のようにも思えるのだが。

「直感的だね、でもそんな簡単には言えないよ。24個もあるキーを電子音で合わせるのは本当に大変なんだ。僕は非常に情感的なアプローチを取っているから、そのキーにきちんと合うようにかなり気を遣っていたね」

そしてお馴染みのフェネスのギターサウンド。ソロで聴ける輪郭のあるそれとは違い、今作ではシンセサイザーなのか、コンピューターなのか、その正体不明な音も魅力となっている。

「ストリングスかな? という音は僕のギターだよ。ラップトップを通していろんなエフェクターをかけて、非常に面倒くさいプロセスを踏んでいるんだ。アコースティックギターをテーブルの上に乗せてすごく太い弦を張り、弓みたいに弾いたり……いろんなことをやっているよ。けっこう実験的な音を使っているんだけど、あまりそういう風には聞こえないかも知れないね。今回は龍一もプリペアド・ピアノを随分使っているし。前よりも曲作りはかなり複雑になってきているかな」

ここで以前から聞いてみたかった影響を受けたギタリストについて質問してみた。

「ニール・ヤング! これは絶対だね。あと、ジョージ・ハリスン、サーストン・ムーア、ケヴィン・シールズ、キース・ロウ、ウェス・モンゴメリー……それくらいかな。あと、ピンク・フロイドの『Dark Side Of The Moon』のギター・ソロは今でも全部弾けるよ(笑)」

フェネス曰く、今回「非常に良く隠している」という実験的な要素と、ポピュラリティのバランスは、自身の音楽のなかでどのように考えているのだろう。

「それは僕にはどうでもいいことなんだ。ステージに上がると自分の世界に入ってしまうので。本当にその世界に籠って〈すべてをあなたに捧げます〉という感じではっきりと見せているからね」

さて、取材当日の7月28日、写真家の瀧本幹也が長野県小諸市にある「ルイ・ヴィトンの森」を撮りおろした写真展『LOUIS VITTON FOREST PHOTO EXHIBITION』のオープニング・パーティーがルイ・ヴィトン六本木ヒルズ店にて開催された。そこでこの森林づくりに全面的に協力している坂本と、スペシャルゲストという形でフェネスの共演が披露された。「どうなることやら」という坂本のつぶやきから始まった演奏。ぽつんと点描される坂本のピアノが、フェネスのコンピューターを通して静かに会場を包みこむ。そこにそよ風のようなメロディを携えたフェネスのギターが加わり、何層にも重なる。ざわざわ。反射してざわざわ。デリケートに深く、森の息づかいが生まれる。それは、アルバムで聴かせた〈海〉のように流れるおおらかさとはまた違う、しんと広がる森のざわめきだ。

取材中、フェネスが語っていた「全体として聴いてほしい。そこで初めて意味をなす」という言葉。まさに木を見て森も見せる、川を見て海も見せる音楽。いや、見せるのではなく、見るための音楽。聴き手の意識がだんだんと研ぎ澄まされていく音楽。そんな、どこまでも続く美しい音楽に浸りつつも、音の隙間に、ふと、自身の存在を感じ取ることのできる心地よい体験だった。

「これは僕にとってある意味でスピリチュアル・ミュージックなんだ。音楽のなかにスペースを置くという考え方が2人とも好きなので、それがすごく楽しい。すごく禅的な考えだよね」

掲載: 2011年10月17日 11:38

ソース: intoxicate vol.93 (2011年8月20日発行)

interview & text : 久保正樹