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インタビュー

ジョイス・モレーノ

美しいリオデジャネイロと在りし日のサンバの記憶


僕が観た8月3日のブルーノート東京、ファーストステージでのジョイスは、恐ろしくソウルフルだった。特に《さらばアメリカ》を歌う彼女は、体中からとめどなく溢れかえるサンバのグルーヴに酔い、その心地よさにさらに気分がよくなって、もうサンバが止まらなくなってどうしようもない、といった風情。彼女が会場に溢れさせたサンバのグルーヴに、おそらく会場全体が呑み込まれていたはずだ。そこにいた人たちは間違いなく全員、おそらくあの瞬間、リオデジャネイロにいた。今回、彼女は自らが生まれ育った街の名を冠した新作『リオ』を携えて来日した。このアルバムは、ノエウ・ホーザやオス・カリオカスなど、リオの作家や歌手たちによるリオの賛歌とも言える歌を中心にした弾き語り作品だ。

「このアルバムで取り上げたのは、個人的な記憶に結びついた、私にとってのリオを描いた歌ばかり。アルマンド・カヴァウカンチの《ポスト・セイスの朝》は、コパカバーナとイパネマの間にあるポスト・セイスと呼ばれる地区、まさに私が生まれ育った街のことを具体的に歌っています。あの角に何があってとか、あのときここで私はとか、私の思い出とリンクする歌なんです」

思い出がたっぷり詰まった大好きなリオの歌を歌ううちに、彼女の心は在りし日のリオに飛んでいた。あの日、ジョイスが僕らに一瞬見せてくれたリオは、サンバがサンバであった頃のリオだったのだ。

「ポスト・セイスの海には魚もいたし、パラダイスでした。子供の頃はそれが当たり前だと思っていたけど、今、改めて思い返すと、まるでポストカードの中の世界みたいに本当に特別な場所だったんだなって思います」

しかしジョイスはこの想い出の詰まった町を、ただ懐しがったり美化するだけでなく、批判精神や客観性を持ちながら、明日、そして未来へと向かうベクトルの中で、見つめ直している。そんな彼女の姿勢は、もちろん音楽的な面にも表われていて、有名なスタンダード曲の数々をとても新鮮なアプローチで聴かせている。カエターノ・ヴェローゾの《サンバがサンバであった時から》も、これまでに多くの歌手が取り上げてきた曲だが、〈ソリダゥン(孤独)〉というフレーズに不協和音を使ってさりげなくドラマチックな演出を施すなど、ジョイスはまったくオリジナルなアイディアで向き合っている。

「ここは歌の歌詞の中でも緊張感のある部分だから、テンション・コードを使ったギターのハーモニーにしてみたんです。録音が終わったあとにカエターノに聴いてもらったら、彼もとても気に入ってくれました」

そしてこの意欲的な作品『リオ』は、何よりも、ヨイショ抜きで本当に衰えを見せないジョイスの歌声があってこそ、彼女の意欲的でクリエイティヴな表現が生かされてるのだということも、記しておかなければならないだろう。

掲載: 2011年10月14日 17:01

ソース: intoxicate vol.93 (2011年8月20日発行)

interview & text : 麻生雅人