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インタビュー

周防正行

「バレエって音楽を聴くのに近い。感覚で観るものだから」

舞台のために振り付けられた作品をメインに据えながら、劇場中継ではなく、あくまで映画とし、さらにそれを劇場から映画館、映画館から家庭の画面へと移ってゆくプロセス。しかもここには、亡くなった稀有なコレオグラファー ローラン・プティの生前の姿があり、すでに舞台を引退した草刈民代の、また、いつまで踊るかわからないルイジ・ボニーノのバレエが、動きが、身体が、ドキュメンタリーとともに、記録されている。

──第1幕、ドキュメンタリーで、草刈民代さんの笑い声がいいんです。腹筋のあるしっかりした笑い声。あるいは、周防監督の、わりと草刈さんの膝下をよく撮っている視線。それはローラン・プティやルイジ・ボニーノを撮るのとちょっと違った視線です。逆に、わたしたちがバレエを観るとき、如何に大事な脚を見ていなかったかを、ここで気づかせてくれます。

「バレリーナは、脚がすべてと言ってもいいくらいですから。プティさんなんか脚のことしか考えてないんじゃないかっていうくらい。(プティの奥様の)ジジ・ジャンメールさんの脚の美しさとか、僕は80歳のジジさんの生脚を見ましたけど、綺麗ですよ。信じられない。やっぱりプティさんは脚が大好きですね。草刈だって、踊っているときは脚のことがすごく気になる。脚が綺麗かどうか。極論したら顔なんか関係ない。今は顔が綺麗かどうか気になるでしょうけど、女優だから(笑)」

──DVD・Blu-rayで鑑賞するというのは、映画館で観るのとはまた別の体験です。

「映画館は劇場に近かったと思うんです。劇場中継は絶対にバレエを伝えきれない。今回は劇場中継にならないようにすることで、逆に劇場に近いバレエを見せる映画にした。これが今度(DVD・Blu-rayになると)ウチ(家)に行っちゃうんで、全然意味が違ってくるだろう。繰りかえし観られるっていう利点と、僕、よくプティのやった振付けを家で真似してたんですね。素人でもつい真似したくなる動きがあるのがプティのおもしろさだと思うんです。そういう意味では『ダンシング・チャップリン』も、踊りの練習をしていただけたらいいのかなと(笑)」

──普通のメイキングなら本編の付属のようにしてある。それを逆転させている。本編に対しての舞台裏を見せるということでもあるし、プロセスを見せるということでもある。

「一幕のメイキングと二幕のバレエの二部構成で、あいだに5分の休憩をいれました。DVD・Blu-rayでもそうしました。そもそも草刈のアイデアです。バレエって、音楽を聴くのに近い。理屈ではなく感覚で観るものだから、いったん言葉を聞いて意味を考えながら見ていたメイキングの世界を忘れてもらわないと、踊りはおもしろくないと。そう草刈が言うので、じゃあ分けましょう、と。バレエを観ているときの観客って、いっしょに踊っているんです。座って観ているけれど、イメージの中でいっしょに踊っている。だから楽しい。音楽を聴いてるときのように、感覚に身をゆだねる。それに近いのです」

──バレエ、あるいはダンスというのは、身体の動きそのものが音楽になっています。身体の音楽が現前している。

「そうですね。1回驚いたのは、(ジョージ・)バランシンの作品。たまたまビデオでボリュームがゼロで、動きだけ観てしまったとき、それだけで音楽が聞こえてくるんです。わあ、バレエってすごいって。とくにバランシンだからということもあるでしょうが。そういうことか、バレエって音楽そのものなんだ、と思って。だから、草刈に観方が違うって言われたときに理解できたというか、バレエって頭の使い方の回路が違うんだな、と」

──プティと話されているとき、「劇場中継にしない」、という風に語られています。そのための方法論というのは持たれていたのでしょうか?

「明確にあったわけではないのです。劇場中継ってカメラポジションが決まっていて、それはしょうがないとしても、下手から15秒この踊りを見せたら、次に上手から15秒同じ(ように見せる)っていう。そろそろ飽きたでしょう、みたいな編集をするわけです。でもそうじゃなくて、劇場でお客さんが観ているときの注目のしかたっていうのは、ずっと引きで観ているわけでもないし、だからといってこのダンサーを観たから次このダンサーっていう観方をしているわけでもない。それぞれの欲望というか、感覚に従って観ているはずです。だとしたら、僕の感覚で観て、撮る。それだけです」

──プティはとてもオリジナルな感触の作品をつくってきた人物です。残念ながら、ついこの間(7月10日)亡くなってしまいました。

「そうですね。出来た映画をドキドキしながらパリに見せに行ったときのことを、Blu-rayの映像特典で入れることができたので、ほぼ1年前の、僕が最後に会ったプティさんの姿がここにあります。とても思い出深いですね」

──この作品や本(『周防正行のバレエ入門』太田出版)を読んだりすると、ある種、日本のバレエ界への批評が浮かび上がってきます。いつも同じ演目ばかりのくりかえしであること、バレエをやって生活を成り立たせている仕組みの問題、等など、についての。

「草刈が言うのは、映画に出たおかげで私は舞台で踊るだけで稼げるようになった、と。そんな環境も含め多くの人に知ってもらうと、日本でのバレリーナが職業としてどういうものかをイメージできると思うんです。そこからしか変わらない。あまり大っぴらに言う人もいないので、夫婦して言ってみました(笑)。プロのバレリーナってバレエの先生のことじゃないんだよ、と」

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2011年10月14日 16:17

ソース: intoxicate vol.93 (2011年8月20日発行)

interview & text:小沼純一(音楽・文芸批評家/早稲田大学教授)