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インタビュー

松田美緒

聴くべき歌のありかをしかと指し示す、ユニークな羅針盤

アルバムごとに意匠を凝らし、新たな旅、深い人脈を切り拓く、松田美緒。直感と知性の見事なバランスで、またしてもユニークかつ強靭な作品がここに完成した。

最新作はウルグアイ、アルゼンチン録音。昨年8月に南米3ヵ国6都市を回った、国際交流基金主催『トランス・クリオージャ・ツアー』の成果が開帳される。核となるのが、ツアー共演者ウーゴ・ファトルーソと、彼率いるレイ・タンボールとのウルグアイ・セッションだ。

「あのツアーの素敵な瞬間を、思い出として録っておきたかった。カーボヴェルデの作者不詳の歌《バルトロメウ》を、どうしてもウルグアイ伝統のカンドンベでやってみたくて。私の中で二つの土地が繋がって、もう、カンドンベのリズムが絶対合うと思った。ウーゴも、あーなんて素晴らしい歌だ、と乗り気になってくれたし」

坦々と刻まれる飾りっけのないカンドンベ太鼓のコンパス(拍子)が、セネガル沖、クレオール文化の結晶モルナの哀調に、不思議な躍動と一抹のグラシア(優美さ)を添える。やっぱり彼女の創意は、最高の確信犯だ!

「モンテビデオはルベン・ラダのスタジオで録音していたの。それで、ラダの作った1曲目も急きょ歌うことにした。今の日本に必要な曲だと思って。私は君を忘れない、というメッセージが強く入ってきたから。風に君の愛を感じるよ、花に別れを告げても、君にさよならは言えない……これを録音しなきゃいけないと思った」

ウルグアイきってのメロディメーカー、ラダのほか、故エドゥアルド・マテオ作品もあって、完全日本語訳で歌う《そのとき、君を見た》の「君の中に咲く薔薇を見たんだ」というフレーズが、絶妙にシンクロしている。こんな歌詞が彼女の心を捉えたのは、ブエノスアイレスで迎えた録音初日が、偶然、3月11日だったからだ。

「3月11日以降のメンタル部分と重なるところがあって、レパートリーに、そのときの思いが詰まっている。心配しながら過ごし、人類史について考えてみたり……ルーツは東北だから……そう、曾祖父が石巻なの」

昨秋、日本で共演したカルロス・アギーレとの《ビダーラ・ケ・ロンダ》も、喪失と記憶が主題。こちらは、軍政期のアルゼンチンで行方不明となった息子を今も捜し続ける、〈五月広場の母たち〉への共感だけれど。

「以前カーボヴェルデに行ったのは、あそこが東北の漁師さんがマグロを獲っていた拠点だから。それも石巻、気仙沼の人が圧倒的に多い。今も一人残るアベさんも、石巻の網地島出身。自分の中で記憶していたかった」

彼ら日本の漁師たちの台詞が、現地クレオール語にとけ込み、陽気なコラデイラ《サイコー》が生まれたという。最新作では、敢えてカンドンベの鼓動を交錯させ、この歌を再録した。しっとり紡がれ、豊かに躍動する『南のコンパス』……あたかも彼女自身が、耳を傾けるべき未知の歌どもへと聴き手を導く、羅針盤のようだ。

『平河町ミュージックス第10回「CANTO LIBRE」』
10/21(金)19:00開演
出演:松田美緒(歌)北村聡(バンドネオン)
会場:ROGOBA DESIGN ON LIFE_Tokyo

http://www.rogoba.co.jp/

掲載: 2011年10月18日 16:05

ソース: intoxicate vol.94(2011年10月10日)

interview & text : 佐藤由美