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インタビュー

カウシキ・チャクラバルティ・デシカン


チャーミングなマエストロが祝福する神々の音楽


今年の夏のワールド・ミュージック関連の来日公演で最も強く印象に残ったのが、浅草のアート・スクエアで行なわれたカウシキ・チャクラバルティー(ベンガ ル語発音、ヒンドゥ語ではコウシキ)のコンサートだった。彼女が導入部のアラープをうたいはじめたとたん、ふんわりした柔らかい歌声で会場の空気が徐々に 至福の色に染まっていくのが見えるような気がした。テンポの早い16ビートの曲でのコブシ回しも素晴らしかったのだが、ゆったりとしたテンポで微分音をた どっていくのはもっと難しい。ベンガルの北インド古典声楽の若手最高峰という評判は宣伝文句だけではなかった。

彼女が得意とするのはカヤール(カはハとの中間の音)というレパートリーで、同じくインドの古典声楽ドゥルパドより起源は新しく、即興がより重視されるスタイルだ。

「カヤールにはウルドゥ語で想像力という意味があります。メロディやリズムの構造は決まっているんですが、歌手はどういうテンポでどういうテクニックでどういう装飾をつけて感情表現するのかを、想像力を使って即興していきます。だから同じ曲でも、うたう人によってすべてちがうし、同じ人が同じ曲をうたっても、そのたびにちがうんです。インドの古典声楽で最も多様なスタイルの音楽と言っていいでしょう」
日本配給されているCDでは、長大な組曲的にうたわれるカヤールの他に、バジャンやトゥムリといった音楽も収められている。

「トゥムリはロマンチックに情感を表現する歌で、愛や悲しみや幸福などいろんなテーマをとりあげます。カヤールではメロディやフレーズの構造は勝手に変えられないけど、トゥムリは少し縛りがゆるやかなので、たとえば部分的に異なるメロディを加えることもできます。それだけ親しみやすい小品的な音楽です。パジャンはガネーシャやクリシュナなど個々の神様に捧げるお祈りの歌。天上的な愛や精神的な愛の歌は、バジャンでうたわれることも、トゥムリで表現されることもあります。最近のインドでは古典音楽に目を向ける若者が増えたので未来が楽しみです。古典にかぎらずインドのすべての音楽の基礎には民謡があります。その豊かさを伝えるのもわたしたちの責任だと思います」

高名な音楽一家に生まれ、子供のころから毎日6〜9時間の練習を続けてきたが、趣味だからまったく苦にならないという。といっても俗世間離れした求道者風ではなく、A・R・ラフマーンが音楽監督した『ウォーター』など映画音楽をうたったこともあるし、ボリウッドの映画音楽も聞けば、ノラ・ジョーンズやリッキー・マーティンも好きと言っていた。取材中たまたま地震が起こると、すかさずスマートフォンで楽しそうに誰かに報告し、昨年生まれたばかりの息子の写真を見せてくれるなど、素顔は万国共通の都会っ子そのものだった。

掲載: 2011年11月04日 11:00

ソース: intoxicate vol.97(2011年10月10日)

interview & text:北中正和 撮影:石田正隆