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インタビュー

アブドゥラ・イブラヒム


激動の時代を経て穏やかにうつろうジャズの姿


軽妙でサバけている! 昨年に続いて来日した、アフリカ讃歌を核に置く孤高の大物ピアニストはなんとも人間味に溢れて、愉快な物腰を持つ人物だった。32年南アのケープタウン生まれ、だが彼は実年齢より10歳は若く見える。

「実は、年齢を詐称しているのかもしれないよ(笑)。まあ、武道、そして煎茶のおかげかな。旅をしていると、ちゃんと食べて運動をしなきゃ駄目。旅のときは武道がいいよ。今日も早起きして、稽古をしている」

武道を始めたきっかけは、若い時分は病弱で、こりゃなんとかしなきゃと思ったからだそう。

「そのときは武道なんか知らなかったけど、興味はあって、コペンハーゲンに行ってトネガワさんに会った。そのとき彼はコペンハーゲンにいてね。それで、彼について武道を学んだ」

武道を学ぶようになって、すでに50年。あなたの表現は多分にスピリチュアルでもありますが、それは武道を学んでいる事と関係はあるんでしょうか、という問いには、「そうだと思うよ。それに私は山が好きなんだ。そこには鷲とか、いろいろ鳥がいるでしょ。そういうのが自然にはね返っているんだと思うな」

鷲を、彼は「ワシ」と日本語で言った。それは一例だが、彼はインタヴューの答えにけっこう日本語の単語を入れてくる。そういえば、彼のピアノ・ソロによる08年作は『先祖(Senzo)』とタイトル付けされている。

「よりルーツを見据えたいという気持ちがある。世界のどこでも、今はそういう気運が出てきているんじゃないかな。フクシマのようなことがあると、余計にそうだと思う。2年前に、カラハリに農場を買ったんだ。それで、トネガワさんに名付けを頼んだら、『フルサトコウゲン』と付けてくれた。街に住む知人たちは最初なんでそんな田舎に?と言ったけど、今は皆来たがるな。砂漠だけどオアシスがある所で、そこだけ緑があるんだ。ソーラー・パワーで発電していて、その電気を貧しい地域に分けたりもしている」

7人編成で録音した彼の最新作『Sotho Blue』は、そうした彼の今の生活と彼の豊かな人格が綱弾きするストーリー性ある1作となっている。

「『先祖』と繋がっていて、そこにあったコンセプトをもっとスケールを大きくしたものと言えるかな。アメリカのミュージャンを使っているけど、私はリハーサルのときに何も言わない。皆、感じたままに演奏する。そして、それを聴いて私は曲を完成させ、アレンジを考えるんだ」

そういえば、その『Sotho Blue』をはじめ、彼のアルバムはいい感じのアート・ディレクションが施されたものが多い。

「ジャケット・カヴァーには、いつも口出ししているよ。だって、商品だもの、私はそういう部分も妥協しない。それに、それってマーケティングの基本でしょ(笑)」

彼は仕立ての良いシャツを着ていたが、それも自分のデザインで縫ってもらうとともに、生地も吟味するそうだ。

掲載: 2011年11月08日 11:00

ソース: intoxicate vol.94(2011年10月10日)

interview & text : 佐藤英輔   撮影:グレート・ザ・歌舞伎町/写真提供:ブルーノート東京