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インタビュー

西山瞳

自然体で境界を越えるボーダーレス

〈ボーダーレス〉という言葉は、ジャンルの混交が盛んな状況を表現するのに便利なこともあってか、もはや使い古されてしまった感がある。しかし、3年ぶりに新作『Music In You』を発表した西山瞳の音楽を聴いていると、手垢のついたこの言葉をあえて引っ張り出したくなる。ジャズ・ピアニストとして扱われている彼女の音楽の随所に、ジャズという枠組みにとらわれない〈真の〉ボーダーレスぶりが発揮されているように思われるからだ。

「どっちかと言うと、聴く人の方がカテゴライズしますよね。でも、自分をジャズ・ミュージシャンだと思っている人は、最近の若い人たちの中には少ないと思います。ただ、何でもやりたいとか、他の人と一緒にやって刺激が欲しいとかいうのは、ジャズ・ミュージシャンの性だと思います」

とはいえ、彼女の曲は作品としてじっくりと作り込まれたものが多い。もともとクラシックを学んでいたせいもあってか、彼女の方法論には、メロディーとコード進行だけが決まっている中でインプロヴァイズすることで音楽が完成するという、伝統的なジャズのものとは性格を異にする部分があるように思われる。

「曲の枠組みは、普通のスタンダード曲に比べると大分きっちり作っていると思うんですけれど、何と言うか、レースのために難しいコースを作っているぐらいの感じですね(笑)。自分の身の丈よりもちょっと難しい曲を作ると、自分の演奏能力が高められる部分もあったりして。曲も共演者のひとりというか、一緒に演りたい人であってほしいというのがあるので、アルバムの展開の中で必要がある時以外、イージーな曲は絶対作らないですね」

2006年にヨーロッパで認められ、スウェーデンのミュージシャンたちとライヴ盤を含む3枚のアルバムを発表した彼女は、スタンダードでどれだけ演奏できるかということよりもむしろ、オリジナルで評価されることに意義を見出しているという。

「上手い人はアメリカへ行けばゴロゴロいますから(笑)。瞬発的な演奏よりも、考えられた楽曲の方が、民族性やアイデンティティは出ると思いますから、日本人の自分をちゃんと出そうと思ったら、作曲するしかないと思うんですよね。そのことは、ヨーロッパへ行って確認できた感じはありますね」

彼女のグループの演奏は、繊細な感覚に裏打ちされたインプロヴィゼイションやインタープレイも堪能できるという意味ではジャズ的だが、楽曲の構成はテーマの提示部分とインプロヴィゼイションの区別や、インプロヴィゼイションを受け渡す部分が非常に曖昧になっているところが特徴的である。

「それはけっこう意識しています(笑)。コーラスとコーラスの継ぎ目で『さあ、行くぞ!』っていうような演奏は誰もしないし、ソリストがバトンをパスするゾーンもかなり長く取っているので、ソロの終わりには拍手をしないと、と思っているお客さんは、きっかけを失って困っていたりします。こっちは『やった!』と思うんですけど(笑)」

『Music In You』には、映画の元になったパラパラ漫画を観る装置にインスパイアされた《キノーラ》や、十二音技法を取り入れたビル・エヴァンスの《T.T.T.》にヒントを得た《T.C.T.》、バルトークの《10のやさしい小品》収録の《スロヴァキアの若者の踊り》を個性的に解釈したもの、インド仏教の〈空〉を意味する《シーニャ》など、多種多様な作品が収められ、彼女の引き出しの多さを物語っている。

「曲はアルバムに入れた10倍ぐらい書き貯めているんです。自分では月に1曲書くと言うノルマを課していて、実際には月に3曲ぐらい書いています。たとえ自分が納得していなくても、曲を仕上げるクセを付けておかないと、いちど書くのを諦めたら、諦め癖が付いちゃうんですよ。それに、いつかは書けなくなる時期が来ると思うので、人の前に出せるものを作っておくことにしているんです」

西山の音楽には、J–POP的な感覚とでも言えそうな、親しみやすいメロディがふと聴こえてくることがあり、それが難解な部分と興味深いコントラストを生み出している。

「それは多分、自分の器の中で〈ド演歌〉と呼んでいる部分だと思います(笑)。恥ずかしいぐらいあからさまなメロディなんですけど、難しい曲の中でそういうのをポッとやると印象深くなるので、アルバムの中には必ず1曲〈演歌〉を入れるようにしています。新作では《ジャスト・バイ・シンキング・オブ・ユー》がそれですね」

彼女の音楽は、難解な部分にもどことなく親しみが感じられる。芸術性を追求して俗っぽい要素を否定するのではなく、それもあえて取り入れるという懐の広さが、〈ド演歌〉以外の部分にもにじみ出ているのかもしれない。そこにこそ、西山の音楽の真の魅力が潜んでいるようにも思われる。

LIVE INFORMATION
2011年12月17日(土)池袋 Apple Jump
2012年1月19日(木)名古屋 Jazz inn Lovely
          1月20日(金)大阪 Mr.Kelly's
          1月21日(土・昼)神戸 Creole
          1月22日(日)広島 Speak Low
          1月28日(土)東京 仙川アベニュー・ホール
          3月19日(月)東京 JZ brat
http://hitominishiyama.net/

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2011年12月15日 13:11

ソース: intoxicate vol.95(2011年12月10日発行)

取材・文 坂本信