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インタビュー

パーヴォ・ヤルヴィ

クラシック音楽が生き残るには「正しいことをやる」しかない!

エストニアの指揮者ファミリー、ヤルヴィ家でも最も精力的に演奏活動を繰り広げるパーヴォ。昨年秋にパリ管弦楽団と初の日本ツアーを成功させ、今年6月はフランクフルト放送交響楽団首席指揮者として2度目の日本公演を予定する。

——フランクフルトとの新譜はブルックナーの《交響曲第5番》ですね。

「ブルックナーの交響曲には、大局的見地から作風の一貫性はあるにしても、演奏の現場では、曲ごとにアプローチが全く異なります。第7、8番は抒情的で豊かな歌にあふれ、ロマンティックな交響曲なので、私はテンポなどに細心の注意を払いながら、長大なカンタービレを再現することに重きを置きます。第9番は『告別』のメッセージながら、端々に『まだ(あちらへ)行きたくない』とのフラストレーションがこめられ、悠然とした歩みです。第5は見かけこそチャーミングですが、第7〜9の3曲と求めるものが全く違い、アプローチも変えざるをえません。ロマンティックな第7で可能な誇張は許されず、地上を去り宇宙を目指す第9のSF的世界でもなく、ひたすら明快な構造とテクスチュア、テンポを再現する。第5はブルックナーの中でも、一番モダンで、現代に近い作品と考えて、この録音に臨みました」
「いくら〈建築〉が堅牢であっても、交響曲を形づくる他のレイヤー(階層構造)、例えば歌のラインとか倍音の変化などに注意を払い、それぞれのハーモニーをきちんと再現する必要があります。ブルックナーはダイナミックスの指定を書き込んでいませんが、それぞれのレイヤーをじっくりながめ、あたかも個人のスピーチを聴くような態度で内面のハーモニーに耳を傾けるうち、フレーズの意味が再現演奏家の側にも体得され、どう弾くのが正しいのか、自然に教わることができるのです。フランクフルト放送交響楽団とは時間をかけ、こうした掘り下げを可能にする関係を築きました。6月の日本公演で演奏する第8番も、来日までに録音する計画です。あと、ハンス・ロットの交響曲もCD化しますよ」

──フランクフルト、パリのほかブレーメンのドイツ・カンマー・フィルハーモニー(DKP)芸術監督としても、意欲的な録音を続けています。拠点をどう、色分けしておられるのですか?

「それぞれ個性も立地も異なりますが、最も重要なのはレパートリーの違いです。3つのチームとの共同作業を通じ、私も表現の大きなバラエティを得られます。パリ管弦楽団とはフランス音楽、フランクフルトとはブルックナーが録音の柱となるのに対し、自主運営で唯一無二のオーケストラであるDKPとは絶えず独自の物語を探し、プロジェクト性の強いCD、DVDを制作してきました。すでにベートーヴェン、シューマンを手がけ、ちょうどシューマンのDVDを完成したところです。この2人の作曲家との関連を考え、次はブラームスに挑みます。さらにその次は思案中。シューベルトでもいいし、チャイコフスキーも面白い。御存じのように私は旧ソ連時代に指揮者の一家で育ち、父のネーメだけでなく、エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルの傑出したチャイコフスキー解釈の洗礼を受けています。それだけに過去10年、チャイコフスキーから遠ざかっていたのです。10年かけてムラヴィンスキーの型を超え、はるかに過激な解釈を提示できる機が熟したと思われますので、あえてDKPをパートナーに選び、1曲ずつ向かい直してみたいとも考えています」
「パリ管では近く、ベルリオーズの《幻想交響曲》を録音します。ラヴェルの《ダフニスとクロエ》も計画中ですが、ドビュッシーとラヴェルの二大巨峰がそびえ立つ余り、そこに至るまでに存在した多くの素晴らしい作曲家──フォーレ、ビゼー、グノー、サン=サーンス、シャブリエ、デュカらを無視するのは不当でしょう。フォーレの《レクイエム》を録音した際は、2つの新しい試みを打ち出しました。まずソプラノかボーイソプラノで演奏されてきた《ピエ・イエス》の独唱にカウンターテナーのフィリップ・ジャルスキーを起用したこと。まがい物の思いつきではなく、ジャルスキーのフレージング、色彩感、非常に洗練された音の感触を生かせば、マティアス・ゲルネのバリトンともども、新しい音楽の化学反応が得られると確信した結果です。もう1つは名曲の定評を確立した作品群に加え、世界初録音の《バビロンの流れのほとりで》をカップリングしたことで、奥行きが増しました」

──最後に一言。
「ともかくクラシック音楽が生き残るには、正しいことをやる。それぞれの時代の天才の遺産を繰り返し提示すること、長く埋もれ評価の機会を逸してきた作品群を再発見することを組み合わせ、長く通って下さる人々の忠誠心に応えていくしかありません」

LIVE INFORMATION
『パーヴォ・ヤルヴィ指揮
 フランクフルト放送交響楽団 2012日本公演』
○5/31(木)札幌 コンサートホールKitara
○6/2(土)横浜 みなとみらい大ホール
○6/3(日)名古屋 愛知県芸術劇場
○6/5(火)福岡 シンフォニー・ホール
○6/6(水)サントリーホール
○6/7(木)サントリーホール
○6/8(金)東京文化会館大ホール
http://www.japanarts.co.jp/

カテゴリ : インタヴュー

掲載: 2012年05月14日 12:47

ソース: intoxicate vol.97(2012年4月20日発行号)

取材・文 池田卓夫(音楽ジャーナリスト)