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インタビュー

エスペランサ


ジャズの拡散とラジオ

「『ラジオ・ミュージック・ソサイエティ』は外に向けて発信する音楽で、できればラジオというメディアを通じて発信したい思いがあったの」

エスペランサのニュー・アルバムはジャケットのイメージからして、彼女の以前の作品との「違い」を際立たせている。これまでリリースした3枚のアルバム・ジャケットには、すべて彼女と共にベースが写っていた。それは女性ジャズ・ベーシストであることを当然のこととしてアピールしていた。だが、『ラジオ〜』にはベースの代わりに巨大なラジカセが置かれている。そして、前作の『チェンバー・ミュージック・ソサイエティ』と対を成している作品でもある。まずはそこに共通している言葉から説明してもらった。

「〈ミュージック・ソサイエティ〉というのは、主にジャズが中心だけど、自分の知っているミュージシャンたちが成す社会で、みんながその一員であり、共通の興味やモチベーションを持っている、そんな人達と作り上げる世界という意味。その一つが室内楽的な『『チェンバー〜』で、もう一つがラジオでかかるような音楽という意味での『ラジオ〜』。『チェンバー〜』は内省的で、とても小さなスペースでクラシックやジャズのミュージシャンが一つになってインプロヴィゼーションで作った。でも今回は、ヴォリューム的にも密度的にも大きなものを、自分たちの音楽性を損なうことなく、メインストリームのラジオでかかるような、だけど基本のジャズは一切損なわないものを作りたいという思いがあったの」

実際、『ラジオ〜』はヴォーカルも含めて、R&Bやソウル・ミュージックに接近した音作りとなっている。2曲はQティップが共同プロディースを担当してもいる。そして、エスペランサのベースは終始控えめに聴こえる。というよりも、彼女のベースも、そして彼女の音楽自体も、もっと大きな音楽の一つの構成要素のように聴こえるといった方が正しいかもしれない。それをシンプルにブラック・ミュージックと呼んでもいい。ただし、単に彼女個人の趣向でジャンルをクロスオーバーしているわけではない。それは、類似したタイトルの『ブラック・レディオ』をリリースしたロバート・グラスパーにも表れている表現である。彼もラジオでかかることを意識し、多くの若い黒人のキッズがジャズに興味を持ってもらう意図があるとはっきり発言してもいる。

「グラスパーのアルバムとタイトルが似たのはほんとうに偶然。でも、自分たちを含めて、多くの人がいまジャズを外へと広げることをモチベーションにしていると思う。ジャズを知っている人、教える立場にいる人、学ぶ人も含めて、ジャズという音楽体験を如何に多くの人に知ってもらうか、そこに招きいれるか、そのやり方を探しているところだと思う」

そして、エスペランサやグラスパーがジャズを拡張しようする表現の先には、コモンやザ・ルーツやエリカ・バドゥなどが近年押し進めてきた表現とも重なるものがある。彼女が望むように、その音楽がラジオでかかるような状況にもしなったとしたら、ジャズはどう変わっていくのだろうか。いま一度ポピュラー・ミュージックとしての輝きを得るということにもなるのだろうか。

「ジャズにはジャズ特有のユニークな要素はあると思う。ジャズは家で言うと土台はしっかりしているけど、4つの壁というのは存在しないのと同じでオープン。だからどんなものでもそこに取り入れていける自由さがある。ポピュラー・ミュージックと呼ばれているものは、いまではマーケットによって商品としてコントロールされているものが多いわよね。 返品を防ぎ、なるべく大きな利益を上げるために、あのポール・マッカートニー相手でさえ、インストの曲は入れないでくれという要請をする。利益を生むことが悪いとは言わないけれど、ただ、ある種自己満足で終わっているシステムよね。自分たちが良いと思い、ただ利益があって、そこから広がることがない完結した小さな世界の中だけなのよ」

だからこそ、メインストリームのラジオがもっといろいろな音楽をかけるべきだと彼女は力説する。そして、『ラジオ〜』のモチベーションが何であったのかをいま一度自分自身にも確認するように語る姿が印象深かった。

「ラジオでかかるような音楽を作りたいという願いのもとにスタートしたけれど、実際に聴いてもらえれば分かるように、アメリカのラジオでかけるには長すぎる曲ばかりなの。でも、長すぎるからといって、自分のアートを犠牲にしてまで短くするつもりはなかった。もしかしたら、ラジオの状況が変わって多種多様なものをかけるようになるかもしれない。参加してくれたミュージシャンはそういう思いを共有していたわ。いまは叶わないけれども、ラジオに対する自分の思いが一つのきっかけ、火花になってこの音楽が生まれたの」

掲載: 2012年05月16日 14:09

ソース: intoxicate vol.97(2012年4月20日発行号)

取材・文 原雅明