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インタビュー

泉まくら 『卒業と、それまでのうとうと』

 

メランコリックな筆致で日々の泡を綴る女流ラッパー、初の短編集を上梓――この才能は実在する!

 

 

資料には〈さみしくて 流されやすくて そしてちょっぴりエッチで。ラップをしちゃう普通の女の子〉なんて文言が躍っているが、本人に言わせれば「〈さみしげな雰囲気がある〉っていうのは前から言われることがありました。でも、自分で言うのもなんですが、本当はいつもにこにこしています」。

泉まくら。女性。福岡在住のラッパー。アーティスト写真の代わりに大島智子のイラスト。それ以上の情報はないものの、彼女自身の声と言葉、楽曲そのものが喚起するイマジネーションこそが何よりのインフォメーションとなるだろう。

文章を書くのが好きで、「表現したい気持ちは幼い頃からずっとあった」という彼女が、MC macraの名でYouTubeに音源を発表したのは昨年6月のこと。ブラック・ミルク“Sound The Alarm”をジャックしたその“ムスカリ”は、諦念や自嘲を切迫感で煮込んだ、本人いわく「生きたがっていることがバレバレ」だという生々しい語り口が鮮烈だが、それが初の録音どころかラップの初体験でもあったという。

「友人がラップをしていて、してみたいとは思っていました。でも何をどうすればいいかわからなくて、まずインストを聴きながらリリックを書きはじめたら意外と書けて。その友人が〈最後まで書いてみて、出来たら録音してみようよ〉と言ってくれて、Skype越しにPCの内蔵マイクで録ってもらいました。どれくらい声を張っていいのかとか、ほんとに何もわからなくて、すごく緊張したのを覚えてます」。

同曲を書いてから「もっといろいろできそうだなと思って」ラップをやる気持ちになったという彼女は、同年末にSNEEEZEのミックステープ『BELIEF』に参加。今年に入るとFragmentが率いる術ノ穴のコンピ『Hello!!! vol.4』にtellaとの“優しい瞬きのあと”が収録され、それを契機に術ノ穴に加入している。なお、名前が変わったのはFragmentのkussyいわく〈ひらがなのほうが可愛いから〉だそうで。

「検索してすぐに見つけてもらえるように名字をつけたいと提案をして、いくつかの候補の中から決まりました。名字があるとただの一人の人間という感じもするし、しっくりきました」。

そうして完成したのが今回リリースされる『卒業と、それまでのうとうと』。何から卒業するのかというと……。

「〈ぼんやりと生きてきた、いままでの自分、時間〉からの卒業です。これまでの自分とその時間を〈それまでのうとうと〉としました。卒業式をしてしまえば、卒業するしかない。〈変えてやる〉っていう意気込みでもなく、自発的には何も変えられない自分の弱さも込めました。発売日を迎えたら卒業!ということにします」。

完成させるにあたって、「とても考えすぎる性格なので、思うまま、感じたまま、をすることが難しかった」そうだが、オープニングの“balloon”からして、訥々と言葉をこぼすようなラップは他にない情緒を纏って独特だ。淡々とした独白を補完するような、大島智子によるMVも素晴らしかった。

「MVが出来上がって、初めて見せて頂いたときは号泣しました。曲中の女の子のことを私よりも大島さんのほうが理解してくださったようで、嬉しい気持ちと寂しい気持ちがありました」。

完成させるにあたって、「とても考えすぎる性格なので、思うまま、感じたまま、をすることが難しかった」そうだが、オープニングの“balloon”からして、訥々と言葉をこぼすようなラップは他にない情緒を纏って独特だ。淡々とした独白を補完するような、大島智子によるMVも素晴らしかった。

メロウで感傷を映し出す同曲のビートを提供したのは、まくらと同時期に術ノ穴に加入したnagaco。彼はもう一曲、「同窓会に呼ばれなかったことを思い出すところ」が気に入っているという“reunion”を手掛け、主役のまた違った表情を引き出している。術ノ穴からはFragmentがコミカルで挑発的な“sen-sei!”を手掛け、「こんな、ちょっと大人をナメた生徒でいたかった願望」を叶えているのも印象的。さらに、観音クリエイションの叙情的なループが悠然と響く“春に”は率直なライムに胸がぐっと詰まるハイライトだ。

「春のことを書きたいとなったときに〈観音クリエイションさんにお願いしたい〉と思いました。観音さんがどこかのインタヴューで〈作曲のとき意識しているのは"癒し"〉とおっしゃっていたので、最後は希望のある歌詞にしました。トラックを聴いていると書きたいことがどんどん出てきて、書き終えたときには心がすっきりしていました。〈観音さんすごいなぁ、本当に癒しだなぁ〉と思いました」。

それらにOMSBのビートで生まれ変わった“ムスカリ”を含む5曲のオリジナルに、各曲のAvec Avec、k-over、Lil'諭吉、DJ濱、Quviokalという凄い顔ぶれによるリミックスを収録した全10曲。そんな佳曲たちを引っ提げて、来る12月1日にはWOMBでの〈REPUBLIC VOL.10~THE FINAL~〉にて初ライヴを敢行。一方ではもう次作に取り掛かっているそうで、まくらの綴る物語はまだ枕を終えたばかりなのだろう。

「常に詞は書いていたいです。いままではトラックをもらってから書きはじめてきましたが、単純にもっと自分の曲を持ちたいという気持ちも大きくなってきたので、そのためにも。世に出るかは別として、この感じでいつも何かを作っていたいです」。

 

▼参加クリエイターの作品を一部紹介。

左から、OMSBの2012年作『Mr. "All Bad" Jordan』(SUMMIT)、Fragmentの2012年作『narrow cosmos 104』、nagacoの2012年作『Benjamin』(共に術ノ穴)

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2012年11月28日 20:15

更新: 2012年11月28日 20:15

ソース: bounce 350号(2012年11月25日発行)

インタヴュー・文/出嶌孝次

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