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インタビュー

映画『25年目の弦楽四重奏』フィリップ・シーモア・ホフマン インタヴュー

フィリップ・シーモア・ホフマン(『25年目の弦楽四重奏』)

「芸術は、関わる者に献身を強いるものなんだよ」

俳優と映画の出会いは意外なところにある。オスカー俳優のフィリップ・シーモア・ホフマンが『25年目の弦楽四重奏』に出演することになったのは、かつて、彼がニューヨークのカーネギーホールで弦楽四重奏団と詩の朗読でコラボレーションしたのを、室内楽に造詣が深い監督のヤーロン・ジルバーマンが見て、涙ぐむほど感動したからだった。

「カーネギーホールの舞台に立ったのは、タカーチ弦楽四重奏団(ハンガリーで結成された世界最高峰の弦楽四重奏団の一つ)の方から、フィリップ・ロスの小説の抜粋を僕に朗読して欲しいという申し出があったからさ。そこで、僕は小説を10ページほど朗読し、その後、彼らがステージに登壇して4曲演奏するという形式だった。あれは、実に楽しい夜だったよ。それを監督が見ていたんだね。でも、実はカルテットとの仕事はあれが初めてだったし、クラシック音楽にどっぷり浸かったのはこの映画がきっかけなんだよ」

ホフマンが演じるのは、長年チームを率いてきたベテラン・チェリストの引退を受けて、人間関係の綻びが表面化する弦楽四重奏団の第2ヴァイオリン、ロバート。当然の如く、ヴァイオリンの特訓が義務づけられた。

「僕にとっては学びの体験となったよ。まず、カルテットに必要な鍛錬について勉強し、実際に様々な弦楽四重奏団の演奏を聴き、その後の4ヶ月間は集中レッスンさ。それは辛い日々だったよ(笑)。幸い、僕に付いてくれた専門のトレーナー、ななえ(愛知県出身でカーネギーホールでソロリサイタルを開いたこともある日本人ヴァイオリニスト、岩田ななえ氏)が素晴らしい才能の持ち主でね。彼女の献身的なレッスンのおかげで撮影が始まる頃には音は外れていたものの、演奏を上手に真似ることができるレベルには達していた。僕が演奏する姿にプロの演奏家たちによる実際の演奏を被せるというやり方で、"振り"(シミュレーション)が上手くなればなるほど、音との一体感が増していくんだ。これこそ、俳優の醍醐味だよ。普段とは違う世界を探索できるという意味でね」

25Quartetメイン

映画はチームの調和と個人のエゴという、ジャンルは違えど俳優の世界にも相通じる問題も提起する。その発火点になるのが、まるでチェリストの引退宣言を待っていたかのように、第2ヴァイオリンから第1ヴァイオリンに鞍替えして演奏をリードしたいと言い出して、周囲を混乱させるロバートだ。 「ロバートのエゴは理解できるよ。ある一定のレベルに達しているアーティストには、どうしてもエゴが付きまとうものさ。自分は人を魅了する何かを持っているに違いないという自信がないと、俳優というのは成り立たない職業だからね。ヴァイオリニストも同じかも知れない。とは言え、そのエゴはある程度抑制しないといけない。映画でも室内楽でも、芸術活動は芸術のためのものであるべきで、個人を全面に押し出すわけにはいかないからね。自分のパフォーマンスは良かったのに、作品が失敗作では意味がない。勿論、作品の出来映え以前に、自分の演技を根本から否定され、仕事をクビになったこともある。そういう悔しい経験は山ほどあるさ。でも、挫けてばかりはいられないから、ひたすら前に進むんだ、そうして、そこからまた、何かを学ぶんだよ、僕らアーティストはね」

同時に映画は、崇高な芸術を追究する一方で、生々しい私生活の汚濁に塗れ、葛藤する演奏家たちの実態も容赦なく炙り出す。

「芸術と人生は別々のものではないと思う。映画はまさにそのことに言及しているんだ。つまり、芸術家はアートそのものが人生なのであり、2つを切り離すのは不可能なんだ。アーティストの人生は彼が生み出すアートそのものに影響を与えるし、逆に、アートが人生の景色を変える場合もある。それがアーティストの現実なんじゃないかな。芸術は、関わる者に献身を強いるものなんだよ」

アカデミー主演男優賞を受賞した『カポーティ』(05)での作家、トルーマン・カポーティ役や、新興宗教の教祖に扮して同助演男優賞にノミネートされた『ザ・マスター』(12)等のいわゆる"キワモノ"とは違い、ロバート役は素顔のフィリップ・シーモア・ホフマンに近い気がする。ブロンドの髪と無精髭を靡かせて雪のセントラルパークをジョグする姿が、実生活での彼を想像させるのだ。

「そうかも知れないね。キャラクターの癖が偶然自分と似ている役が舞い込むことが時々あるんだけど、ロバートはまさにそれ。声も、体の動きも、見た目も、服装も素のままでよかったから。ロバートが同じチームでビオラを担当する妻、ジュリエットとの関係に不満を感じている点に関しても、似た体験をして来ているからね。でも、感情表現やテンションについて言うと今回もやはり難しかった。自分に近い遠いに関係なく、僕にとって演じることはいつも容易くはないんだよ」


映画『25年目の弦楽四重奏』
監督・脚本:ヤーロン・ジルバーマン
音楽:アンジェロ・バダラメンティ
出演:フィリップ・シーモア・ホフマン/マーク・イヴァニール/キャサリン・キーナー/クリストファー・ウォーケン/イモ-ジェン・プーツ/リラズ・チャリ/アンネ=ゾフィー・フォン・オッター/マドハール・ジャフリー/ウォーレス・ショーン/他
配給:角川書店(2012年 アメリカ 106分)
◎7/6(土)、角川シネマ有楽町ほか全国ロードショー!
http://www.hakoiri-movie.com 25years-gengaku.jp

©A Late Quartet LLC 2012

掲載: 2013年07月05日 17:16

ソース: intoxicate vol.104(2013年6月20日発行号)

interview & text:清藤秀人