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インタビュー

山中千尋

山中流、暴走のカンタービレ

山中千尋のアルバムは、一作毎にファンのイメージを壊していく。変幻自在のアルバムコンセプトは、映画のシーンが次々と変わり、一体この先、どんな世界が展開するのかと、わくわくさせたり、また、不安にさせたりもする。きままな性格と片付けてもいいが、けれど、その変遷にルールがまったくないわけではなく、やはり、彼女にはしっかりとこれまで来た道とこれから行く道が見えていることは間違いない。

今度の新作は、クラシックがテーマだ。といってもクラシックそのものが問題ではない。彼女は、はっきり言っている。これは、普通にクラシックをとりあげたジャズ・アルバムではないと。それは、選曲の景色からも見えてくる。知る人ぞ知るのレアな曲と誰もが知っているあまりにも手垢にまみれたような曲が、まだらに並んでいる。これは彼女ならではの特異な感覚をそのままに映し出したカタログのようでもあるが、それだけではない計算も潜んでいる。ほとんどそのままに弾いたんですよという曲もあれば、耳慣れたメロディを一音だけいじったような意地悪な細工もあったりする。そのちょっとした浮遊感が、創作の快楽にもつながっていて、ほとんど子供の笑いのような音楽の楽しさがフツフツと湧き出してくる。それは、カンタービレ!と叫びだす表現の基盤にある快楽とどこかで呼応するものだ。

むろん、このアルバムは、そんな小さな瞬間をクラシックのメロディから発見するのがテーマではない。誰もが口ずさめるような聴きなれたメロディであっても、そこに悪魔が隠れていると言いたいぐらいに、世界は大きな波に呑み込まれ、物語は白熱していく。むしろ、そんな音楽の驚きを次々引きずり出していく力技のような作業の連続だ。単に心楽しいクラシック的ジャズアルバムではない。よくあるクラシックに媚をうったジャズではなく、逆にクラシックのルールをそのままに、まるごとジャズに引き込んでいく世界と言っていいだろうか。

それにしても山中千尋は、この企画に何とも素晴らしい協力者を得たものである。ベースのベン・ウイリアムスとドラムのジョン・デイヴィス。とりわけ注目のベースの逸材ウイリアムスの参加は、この作品の成功に大きな鍵となっている。多忙なウイリアムスだが、山中の要請に気軽に応えてくれたそうだ。彼らのこのセッションの楽しみ方は尋常ではない。それこそ、山中千尋の視線に先にあるものを彼らが共有できているが故の見事なアンサンブルなのだ。ありきたりを拒否する山中だが、その感覚に一発で敏感に反応する仲間がいる。これも表現の世界の不思議さだ。

掲載: 2013年08月22日 18:55

ソース: intoxicate vol.105(2013年8月20日発行号)

interview&text:青木和富