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インタビュー

阿部真央 『貴方を好きな私』



飾らず素の自分でいることが最大の魅力——アーティストとしての自分を的確に捉える客観性、求められていることに心から応えようとする誠実さ。聴き手の心の痒いところに手が届く、信頼の阿部真央印が押された新作!



阿部真央_A



素でいることが魅力に繋がる

 阿部真央の初セルフ・プロデュース作となった『戦いは終わらない』から1年2か月。ふたたび自身で手掛けたニュー・アルバム『貴方を好きな私』は、曲調のヴァリエーションがさらに大胆に広がったにもかかわらず、〈こんなこともやってみました〉的な背伸び感がまるでない。あくまで歌詞、そして歌を中心としつつ、それらが纏う衣装としてのサウンド・アレンジや演奏、歌唱のクォリティーがとにかく高く、〈音を楽しむ〉という意味ではまぎれもなく過去最高の一枚だ。

「肩の力が抜けた状態でできましたね。前作は〈私が真ん中でがんばらなきゃ〉という感じがあったんですけど、それがあっての今回だったので、アレンジャーとプレイヤーの方に信頼感もあったし、この人に頼めばこういう音になるだろうというイメージもありました。私自身はすごくフラットな状態で、楽曲制作とヴォーカルと全体のジャッジだけに集中できたので、楽しく作れました」。

先行シングル“貴方が好きな私”も手掛けたakkinのアレンジによるオープニング曲“HOPE”は、パワフルなヴォーカルとポジティヴな歌詞のメッセージを活かした胸のすくようなギター・ロックとなり、上田健司が編曲した“それ以上でもそれ以下でもない”はアルバム中もっともアッパーでハードなギターが唸りを上げる。また本人のアコギと歌のみによる“どこ行った?”と“短い言葉たったそれだけその一言だけ”は、弾き語りというより〈掻き鳴らし叫び〉と言いたい迫力あるナンバーだ。が、アルバムを通してアップは前半のみで、比較的ゆったりした曲が多いのもこれまでと違うところ。

「今年の頭に制作期間をいただいたんですけど、〈こういうアルバムにしたい〉というイメージは全然なくて、いまの私のバイオリズムがそのまま出た曲がたくさんあると思います。コンセプチュアルだったり、デコラティヴなものは、いまはあんまりやりたくないんですよ。ナチュラルな素の状態でいることが、いちばん私の魅力に繋がるんじゃないかなと思ったので、楽曲制作においてはできるだけ装飾を剥いでいきたいなと。かといってただオーガニックというわけでもなく、上質なナチュラルさを持ったアーティストになれたらいいなという思いはありました」。

そうしたナチュラル感が良く出ているのは、河野圭が華麗なストリングス・アレンジを施したバラード“boyfriend”、アコギの涼やかな響きとオルガンやグロッケンシュピールの温かい音色が心を和ませる“天使はいたんだ”といったあたり。このような優しい耳触りの楽曲は、彼女にとって新境地だったという。

「“天使はいたんだ”はいままでの阿部真央にないタイプの曲で、私の内面の変化が出てるなと思います。丸くなったり、優しくなったり、ちょっとは人のことを考えられるようになったり、徐々に自分のなかで育ってきた優しい面がこういう曲調に反映されているのかもしれません」。



痒いところに手が届く乙女心

他にも、どことなくアイリッシュ風の爽やかなメロディーが心地良い英詞曲“Will you save me”、エレクトロ・ポップにナンセンスな歌詞を乗っけた“返して”、ドリーミーなエレクトロニカに乗せてシリアスなテーマを歌う“怖い話”など、トラックとリリックのマッチングは絶妙の一言。現在の阿部真央の歌詞におけるテーマは〈痒いところに手が届く乙女心を歌う〉とことで、それを元にして生まれた“貴方が好きな私”からこのアルバムの制作は始まったそうだ。

「私の音楽は曲の世界観で聴かせたり、楽器で聴かせたりするタイプではないから、歌詞に共感してもらえるものが多かったと思うんですね。そこをもっと広げて、みんながあんまり題材にしないトピックを切り取って歌えるアーティストになりたいんですよ。“貴方が好きな私”を書く時に思ったことは、周りを見てみると、みんなが誰かに求められる自分像というものをその場その場で演じ分けてると思うんですね。器用で優しい人であればあるほど、相対する人ごとにイメージを変えていったりしてる。そうやって疲れてしまう人間の心というものがあって、それがビジネスや仕事ならまだいいんですけど、恋愛でそうなってしまうと逃げ場がないじゃないですか。その切なさを書こうと思ったんです」。

いわば、女性目線の〈恋愛あるある〉と〈人生あるある〉の徹底化。そうした視点で歌詞に集中してアルバムを聴き返すと、本当の自分と他人が思う自分とのギャップを歌う“貴方が好きな私”や、恋愛において素直になれない自分を自虐的に描く“どこ行った?”、女性同士の嫌がらせやいじめなどをモチーフにした“怖い話”などが、最初に聴いた時よりも何倍も感情的に聴こえてくるはずだ。そして本作の最後に置かれた美しく穏やかなミディアム“愛してる”が、それまでの11曲でぶち撒けてきたさまざまな感情のすべてを、美しく浄化する作用を持っていることに気付くだろう。

「“愛してる”は私のなかのまったく新しい部分。情熱的に人を愛するという曲はこれまでもいっぱいあったんですけど、愛することで誰かを許すとか、そういう感覚はいままでなかったので、この曲が書けた時は本当に嬉しかったですね。特に〈好きなだけわがまましなよ/僕は逃げたりしないから〉と〈幸せと言う言葉は君と共にあるから〉という歌詞がすごく気に入ってるんです。『貴方を好きな私』が“愛してる”で締まるというのは、最後に上手くあてはまりました。『貴方を好きな私』はたくさんの面を持った一人の人間で、〈そんな私があなたのことを好きなんだよ〉という阿部真央からのメッセージなんです。だから“愛してる”で締めたかった」。

「痒いところに手が届く乙女心を歌う、というのはとても大きなテーマで、一枚のアルバムで満たされるものではない。今後も一曲ずついろんなヴァリエーションを書いていくしかないですね。すごい大事なテーマを見つけた感じがします」と言うその表情に迷いはない。デビュー5年目、阿部真央は確実にこれからがおもしろい。



▼新作の先行シングルを紹介。
左から、“最後の私”『貴方が好きな私/boyfriend』(共にポニーキャニオン)

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2013年08月28日 17:59

更新: 2013年08月28日 17:59

ソース: bounce 358号(2013年8月25日発行)

インタヴュー・文/宮本英夫

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