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インタビュー

塚本聖子

瞬間瞬間、心のうちの声に従い、奏でたい

「2年がかりで企画を練り、2年前に録音。発売までに4年かかりました。万事、のんびりした性分なんです」。ドイツ「Profil」レーベル(国内発売はキングインターナショナル)からソロ・デビュー盤『モーツァルトin C』を出した日本人ピアニスト、塚本聖子は笑う。

最初にパリ国立高等音楽院(および大学院)で5年ほど学んだ。「ドイツ・オーストリア圏でも勉強を続けたかった」といい、ハノーファー音楽大学へ移り、そのまま同地に住みついた。パリに比べ華やかさはないが、交通至便の地でもあり、ハノーファーでの日常生活は「すごく快適」とか。「先に何か目標を定め、向かうタイプではない。瞬間瞬間、心のうちの声に従い、動く。直感やひらめきを大事にしたい」が信条。すべてに自然な気持ちで臨むうち、デビュー盤のコンセプトも「何となく」、絞られた。ただモーツァルト。しかもハ短調の《幻想曲K475》と《ソナタK457》の重厚な定番カップルと、ハ長調の《きらきら星変奏曲K265》《ソナタK545》の軽妙な名曲の対照を際立たせ、〈ハ=C〉の柱で貫いた。

録音会場、オンデア・デ・リンデンのファルテルモントは「オランダの田園地帯にあるホールで、雨の日には音が漏れる」という。幸い天候に恵まれ「素晴らしいスタインウェイのピアノと優秀な調律師がそろい、日本から招いたN&Fのプロデューサー、西脇義訓さんの行き届いた采配でふだん通り、リラックスして奏でることができた」と振り返る。

ハノーファーでは、主にドイツ人の子どもたちにピアノを教える。「何事も先生に服従の日本と違い、小さいうちから自己主張があり、音楽にも生きている」「日本のピアノ学生はピアノしかやらず、試験に向けひたすら1人で練習するだけで他者との交流もない。ヨーロッパでは音楽全体をとらえ、自分のペースでゆっくりやるし、若いうちから室内楽に取り組むなど、誰かと一緒にやることが前提になっている」「日本では〈メロディと伴奏〉と習わせるところを、ここでは〈ハーモニー〉として学ぶ。すべての声部が独立した言葉として絡み合い、音楽が立体的に響く」……。

長いヨーロッパ暮らしとハノーファーでの教職体験は、塚本自身の音楽も変えたようだ。特に古楽奏法を意識した痕跡はないが、〈モーツァルトの短調〉を必要以上に重苦しく奏でず、18世紀音楽の則に即した前半、子どもでも弾くような名曲を〈大人の演奏〉として、品格確かに奏でる後半。ヨーロッパ大陸に脈々と流れる伝統の音を、今日の最高水準の技で再現した素晴らしいディスクの誕生である。

©Marco Borggreve

掲載: 2013年09月05日 22:28

ソース: intoxicate vol.105(2013年8月20日発行号)

interview&text:池田卓夫(音楽ジャーナリスト)