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映画『オン・ザ・ロード』

カテゴリ
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公開
2013/07/23   17:49
ソース
intoxicate vol.104(2013年6月20日発行号)
テキスト
text:村尾泰郎

オンザロード_メイン

©Gregory Smith

長年その実現を夢見た巨匠コッポラがタッグを組んだのは、
『モーターサイクル・ダイアリーズ』の
ウォルター・サレスとグスタボ・サンタオラジャのラテン・コンビだった!

ついに〈聖典〉が映画化された。ジャック・ケルアックが57年に発表した小説『路上』は、〈ビート・ジェネレーション〉の幕開けを告げる名作として戦後のアメリカ文学を変えたばかりか、60年代に爆発するカウンター・カルチャーの導火線となった。これまで何度も映画化が試みられたが実現はせず、60年にMGM がケルアックの初期代表作『地下街の住人』を映画化して新世代の若者達=ビートニクを紹介したが、それは保守的なハリウッドによって骨抜きにされたビートレスなビートニクだった。今回、『路上』の映画化を粘り強く押し進めて来たのは、製作総指揮を務めたフランシス・F・コッポラ。そして、コッポラが監督に抜擢したのは、ブラジル出身のウォルター・サレス監督だ。

映画はタイトルそのままに路上から始まる。ハイウエイを、砂利道を、いくつもの道を、黙々と歩く脚のショット。ひたすら歩く、歩く、歩く……この冒頭のショットが映画のエッセンスを明確に伝えている。〈移動すること〉、それは原作のテーマでもある。歩いているのはケルアックの分身、サル・パラダイス。小説同様、映画もサルが中西部からやって来た噂の男、ディーン・モリアーティに出会うところから始まる。でも、問題はそこからだ。『路上』の映画化が実現されなかった最大の理由は、その独自の文体と構成が原因だった。物語としての起承転結はなく、時間も場所も自由に横断する文体は、ケルアックが愛したジャズの即興演奏そのもの。それを映像としてどう表現するのか?

本作の企画が持ち上がってから、サレスは実に8年かけてリサーチを重ねたらしいが、その間、サレスはケルアックが『路上』で旅した場所をすべて見て回り、可能な限り関係者に会って話を訊いて、本作の撮影を始める前にドキュメンタリーまで作り上げた。サレスはそうやって『路上』をいったん身体のなかに取り込んだうえで、ドキュメンタリー・タッチの荒々しさで映画に力強いビートを刻み、様々なエピソードを歯切れ良く積み重ねながら、サルとディーンの放浪の日々を描き出していく。躍動感溢れるストーリーテリングを大切にする一方で緻密な編集のワザが光っていて、まるで『路上』のグルーヴをサレスがリミックスしたような感触もあるが、そこで大きな役割を果たしているのが、グスタボ・サンタオラジャが手掛けたサウンドトラックだ。サンタオラジャがチャーリー・ヘイデンやブライアン・ブレイドとともに作り上げた濃厚なジャズ・スコア。さらにチャーリー・パーカーやビリー・ホリディ、サン・ハウスなど、ジャズやブルースのナンバーを散りばめて、映像とセッションするように音楽と映画が深く絡み合う。なかでも、ケルアックが夢中になったスリム・ゲイラードの《Yep Roc Heresy》や、ディジー・ガレスピー《Salt Peanuts》は映画の強烈なアクセントになっていて、この2曲で踊り狂うサルとディーンの姿はライヴやクラブで踊る今の若者達と変わらない。

そうしたビートニク達の熱狂を捉えるエリック・ゴーティエの美しい映像も本作の大きな魅力だ。光と影の豊かなニュアンスでアメリカの原風景を捉えたカメラは、ケルアックの奔放な文体に潜む詩情をすくいとっている。どのショットも荒々しいがフォトジェニックで、ケルアックが序文を寄せたロバート・フランクの写真集『The Americans』に通じる雰囲気もある。そして、伝説のキャラクターを演じる俳優達の活き活きした演技。『コントロール』でイアン・カーティスを演じたサム・ライリーがサルを熱演し、かつてケルアックがマーロン・ブランドに演じてもらいたいと熱望したディーン役には、『トロン:レガシー』のギャレット・ヘッドランド。鳴り物入りの大物俳優を迎えず、まだ色の着いていない若手を配したキャスティングは、まだ何者でもなかった若者達の青春ドラマにはぴったりで、クリステン・スチュワートやキルスティン・ダンスト、エイミー・アダムスといった女性陣が華を添える。そんななか、ヴィゴ・モーテンセンが、オールド・ブル・リーことウィリアム・S・バロウズを雰囲気たっぷりに演じているのも注目だ。

思えば『路上』に先駆けて、バロウズの『裸のランチ』がデヴィッド・クローネンバーグによって映画化された時は驚いたが、クローネンバーグ色たっぷりな『裸のランチ』に比べて、本作は原作に敬意を払いながらスタイリッシュにビート・ジェネレーションの青春群像をフィルムに焼き付けている。コッポラはサレスが若き日のゲバラを描いた『モーターサイクル・ダイアリーズ』(本作同様二人の若者のロードムーヴィーだった)に感銘を受けてサレスを本作の監督にオファーしたらしいが、『モーターサイクル・ダイアリーズ』がナイーヴな叙情詩ならば、本作は殴り書きの散文詩。スクリーンの向こうに真っすぐに延びる道を追いかけて、139分の旅に出よう。

映画『オン・ザ・ロード』
製作総指揮:フランシス・フォード・コッポラ
監督:ウォルター・サレス
音楽:グスタボ・サンタオラジャ
出演:サム・ライリー/ギャレット・ヘドランド/クリステン・スチュワート/エイミー・アダムス/トム・スターリッジ/キルスティン・ダンスト/ヴィゴ・モーテンセン/他
配給:ブロードメディア・スタジオ(2012年 フランス・ブラジル 139分)
◎8/30(土)より、TOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー!

http://www.ontheroad-movie.jp/