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映画『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』

カテゴリ
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公開
2014/03/25   11:00
ソース
intoxicate vol.108(2014年2月20日発行号)
テキスト
text : 五十嵐正


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Photo by Alison Rosa ©2012 Long Strange Trip LLC



1961年ニューヨーク。マンハッタンの中で歌う〜男の歌

ジョエル&イーサン・コーエン脚本・監督の素晴らしい最新作『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』を、60年代のニューヨークのグリニッチ・ヴィレッジのフォーク音楽界を舞台にした映画と呼ぶのは、必ずしも正確ではない。この映画は61年初めの冬の1週間とその時期を明確にしている。ちょうどケネディ大統領の就任式の頃で、大きな文化革命をもたらした時代という意味での「60年代」はまだ始まっていないし、ボブ・ディランが先導した「60年代のフォーク」と呼べる音楽もまだ誕生していないからだ。

58年末に全米第1位の大ヒットになったキングストン・トリオの《トム・ドゥーリー》をきっかけにしたフォーク・ブームのおかげで、本作の主要な舞台であるガスライト・カフェなどのヴィレッジのフォーク・クラブに人びとが列をなし、《500マイルズ》のような有名曲は店内大合唱になるが、ルーウィンを含め、出演者のほとんどは伝統歌を主なレパートリーにしており、フォーク音楽にまだシンガー・ソングライターの時代は訪れていない。その変化の直前の時代を描くのがねらいなのだ。

コーエン兄弟が時代設定をピンポイントでこの時期にした理由は明快で、フォークに、そしてポップ音楽全般に革命をもたらす男、つまりルーウィンのような歌手に取って代わることになる男、ボブ・ディランがグリニッチ・ヴィレッジにやってきたのが61年初めだからだ。この映画の中にも無名時代のディランらしき人物が登場する。主人公ルーウィン・デイヴィスはその時代の変化のきざしを感じ、自分も何とかしようともがくが、音楽の才能はあっても、その他の部分に欠点だらけのダメ男は時代の流れに取り残されていく。本作はそんなアンチ・ヒーローの悲喜劇的な物語なのである。

この映画はブルーズを得意としたフォーク歌手 デイヴ・ヴァン・ロンクの自伝にヒントを得て、脚 本が書かれた。映画の題名自体も彼のアルバム『インサイド・デイヴ・ヴァン・ロンク』からのいただきで、それを模したアルバム・カヴァーも登場する。ヴァン・ロンクはその自伝の題名にもなった「マクダガル通りの市長」というニックネームを持つグリニッチ・ヴィレッジのフォーク音楽界の古株で中心人物だった(「マクダガル通り」はヴィレッジにある通り)。ニューヨークに出てきたばかりのディランを妻のテリーとなにかと世話をした男でもある。だから、最初にこの映画のキャスティングを知ったときは、ルーウィンというウェールズ系の名前を持つ主人公が、ウェールズ人の詩人ディラン・トーマスから芸名をとったディランにあたり、彼に夜を過ごすソファーを提供するジムとジーンがヴァン・ロンク夫妻かと早とちりしたが、あくまでルーウィンは創作の人物で、ヴァン・ロンクでもディランでもないので、そこは注意されたい。商船の船員だった職歴や或るグループの結成に誘われる逸話などはヴァン・ロンクの実話ではあるが。

本作はもちろん音楽が肝となるので、コーエン兄弟はサウンドトラック・アルバムが驚異の大ヒットになった『オー・ブラザー!』と同じく、T・ボーン・バーネットに音楽プロデューサーをまかせた。T・ボーンは主要なキャストが実際に歌って演奏することにこだわり、本作内の演奏場面はライヴで撮影され、ほとんどの曲が完奏する。主演のオスカー・アイザックは本作の演技で一躍スターの仲間入り間違いなしだが、達者なギターを弾きながらの歌も堂に入ったものだ。ジム役のジャスティン・ティンバーレイクは歌手が本職だが、ジーンを演じるキャリー・マリガンもチャーミングな歌声を聞かせる。そのマリガンの夫であるマムフォード&サンズのマーカス・マムフォードが音楽プロデューサー補佐を務め、画面には登場しないが、クリス・シーリー率いるパンチ・ブラザーズらと共に、サウンドトラックに歌声を提供している。

もちろん僕のようなフォーク音楽のファンで、その知識がある人間をにやりとさせるところはたくさんあるが、特に音楽のことを知らずとも十二分に楽しめるはずだ。さすがコーエン兄弟の脚本なので、中盤以降のプロットにひねりがあるし、その会話の妙は見事なもので、僕はほぼ全編クスクス笑いっぱなしだった。マリガンのジーンが「くそったれ」のルーウィンに向ける悪態の数々に、僕ら男はマゾヒスティックな快感すら覚えると思う。

また、『アメリ』などジャン=ピエール・ジュネ監督の作品で知られる仏人撮影監督ブリュノ・デルボネルの映像が素晴らしく、冬のグリニッチ・ヴィレッジの風景、中盤以降のシカゴへの車の旅、シカゴのフォーク・クラブ、ゲイト・オブ・ホーンの開店前の店内など、それぞれの場面の独特の色彩がどれも非常に印象的だ。

そして、あの猫である。アカデミー賞に助演動物賞というカテゴリーは作れないものか。



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Photo by Alison Rosa ©2012 Long Strange Trip LLC



映画『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』


ボブ・ディランが憧れたデイヴ・ヴァン・ロンクの回想録をもとに 「ノーカントリー」オスカー受賞監督コーエン兄弟が映画化!

監督・脚本:ジョエル&イーサン・コーエン『ノーカントリー』
音楽:T・ボーン・バーネット『オー・ブラザー!』
出演:オスカー・アイザック『ドライヴ』/キャリー・マリガン『華麗なるギャッツビー』/ジョン・グッドマン『アルゴ』/ ジャスティン・ティンバーレイク『ソーシャル・ネットワーク』/他
配給:ロングライド (2013年 アメリカ 104分)
Photo by Alison Rosa ©2012 Long Strange Trip LLC
www.insidellewyndavis.jp

◎5月、TOHOシネマズ シャンテ他全国ロードショー!