薄井憲二氏「バレエ・リュスの功績」講演会レポート(7月13日)その1
バレエ・リュス 踊る歓び、生きる歓び(字幕版)トレーラー
7月13日(日)国立新美術館3階講堂にて薄井憲二氏(公益社団法人日本バレエ協会会長)による講演会が行われました。薄井氏は「この展覧会はユニークだ」とし、その理由としてディアギレフのバレエ・リュスのもの(1909-29)だけでなく、その後継バレエ・リュス・ド・モンテカルロ(1932-52)をきちんと取り上げている点を挙げられました。講演の前半は1932年からのバレエ・リュス・ド・モンテカルロの功績について、後半は1909~29年のディアギレフによるバレエ・リュスの功績について語られました。ここでは前半のバレエ・リュス・ド・モンテカルロの功績について採録します。
今回のバレエ・リュス展のユニークな点について
いままで、1909~29年のディアギレフの「バレエ・リュス」が超一流との評価があるのに対し、1932~52年の「バレエ・リュス・ド・モンテカルロ」は二流、三流との評価でした。しかし、今回の展覧会には両方とも展示されています。薄井氏は「バレエ・リュス・ド・モンテカルロ」の一番良い時代を知っているので、このことをたいへん嬉しく感じていると語りました。今回の展覧会には1933年にモンテカルロ国立歌劇場で初演された「青きドナウ」の衣装展示がありますが、1953年の来日公演でバレエ・リュス・ド・モンテカルロのメンバーだったアレクサンドラ・ダニロワ(1903~97)はフレデリック・フランクリン(1914~2013)とパ・ド・ドゥを踊りました(演出はレオニード・マシーン)。薄井氏によると「それは輝くような美しさ」で、「帝政ロシア・バレエ学校、マリインスキー・バレエ、バレエ・リュス、バレエ・リュス・ド・モンテカルロと受け継がれた輝きが失われていなかった」と語りました。「青きドナウ」の音楽はヨハン・シュトラウスの楽曲を指揮者のロジェ・デゾルミエールが編曲したもので、かつて2種類CDが出ていましたが、現在は廃盤となっています。(ジャン・マルティノン指揮ロンドン・フィル デッカ 4757209[CD]廃盤、ポール・シュトラウス指揮ベルリン放送交響楽団 DG 4775349[CD]廃盤)
バレエ・リュス・ド・モンテカルロの特長
(1)「ベイビー・バレリーナ」の起用
イリーナ・バラノワ(1919~2008)、タマーラ・トゥマノワ(1919~96)、タチアナ・リャブシンスカ(1917~2000)の3人の10代バレリーナは大宣伝され、アメリカ公演旅行の際に「ベイビー・バレリーナ」と呼ばれるようになりました。
イリーナ・バラノワは1940年の映画「フローリアン」でドリーブの『シルヴィア』を披露しています(未DVD化)。また2005年のドキュメンタリー映画「バレエ・リュス 踊る歓び、生きる歓び」に、タチアナ・リャブシンスカとともに証言者として出演しています(NBC GNBF-1231[DVD]廃盤)。
タマーラ・トゥマノワはヒッチコック監督の1966年映画「引き裂かれたカーテン」に出演して、バレエ・シーンを披露しています(NBC GNXF-1753[Blu-ray])。
タチアナ・リャブシンスカは、今回の展覧会の入り口で上演されている「バレエ・リュス・ド・モンテカルロ」のオーストラリア公演(1936~40)『金鶏』のカラー・フィルム断片に出演しています。また、彼女のモスクワの実家は帝政ロシア時代の立派なアールヌーヴォーの装飾でみちみちた建物で、現在は「マクシム・ゴーリキー博物館」として公開されています。
(2)「シンフォニー・バレエ」を始める
1933年、レオニード・マシーン(1896~1979)は、チャイコフスキーの交響曲第5番を4場からなるバレエ《予兆》として台本を書き、振付し、モンテカルロ歌劇場で初演しました。時代や場所を特定しない、普遍的な感情のバレエ化は、古典バレエの破壊の試みとして議論を呼びました。また「シンフォニー・バレエ」は、マシーンと同じ「バレエ・リュス」の振付家で、アメリカで成功したジョージ・バランシン(1904~83)の十八番となりました。薄井氏は、マシーンの振付は「強烈で、個性的で、激しく、フォーメーションや舞台の使い方に面白みがある」、一方のバランシンの振付は「音楽を大切にし、バレエで音楽を現している」と評しました。
マシーン演出の「シンフォニー・バレエ」
1933年 チャイコフスキー:交響曲第5番
(バレエ《予兆》)
1933年 ブラームス:交響曲第4番
(バレエ《コレラルチウム》)
1936年 ベルリオーズ:幻想交響曲
(バレエ《幻想交響曲》)
※1948年収録、デンマーク・ロイヤル・バレエ映像が現存 VAIDVD4507[DVD]
1938年 ベートーヴェン:交響曲第7番
(バレエ《第7交響曲》)
バランシン演出の「シンフォニー・バレエ」
1935年 チャイコフスキー:弦楽セレナーデ
(バレエ《セレナーデ》)
※1957年収録、ニューヨーク・シティ・バレエ映像が現存 VAIDVD4571[DVD]
1941年 バッハ:2台のヴァイオリンのための協奏曲
(バレエ《コンチェルト・バロッコ》)
※1956年収録、ニューヨーク・シティ・バレエ映像が現存 VAIDVD4572[DVD]
1947年 チャイコフスキー:組曲第3番~主題と変奏
(バレエ《主題と変奏》)
1947年 ビゼー:交響曲第1番
(バレエ《シンフォニー・インC》)
1952年 メンデルスゾーン:交響曲第3番
(バレエ《スコッチ・シンフォニー》)
薄井憲二氏について
1924年東京生まれ。学生時代に蘆原英了氏に見出され、16歳で東勇作氏に師事しバレエ・ダンサーとしての初舞台を踏む。東京大学経済学部在学中に軍隊に入隊しハルピンへ。終戦後4年間のシベリア抑留を経て帰国し、ただちに東勇作バレエ団に復帰。その後ヴィタリー・オシンズ、アレクセイ・ヴァルラーモフにも師事して本格的にバレエに取り組む。以後古典、創作バレエなどの分野で活躍、テレビにも度々出演。1957年には自らバレエ団を組織しダンサーとして公演、松山バレエ団とともに中国公演も行っている。
また世界三大バレエコンクール(モスクワ、ヴァルナ、ジャクソン)などの多くの国際バレエコンクールの審査員を歴任、同時に舞踊史研究家としても有名で著書・訳書も数多い。1987年橘秋子賞、1994年兵庫県文化功労賞、1995年蘆原英了賞、2003年兵庫県文化賞受賞。京都市在住。
カテゴリ : Classical
掲載: 2014年06月18日 19:30