TOWER RECORDS LOVES...山下達郎『CIRCUS TOWN』
76年、達郎23歳、憧れのアメリカに乗り込んで録音したファーストソロアルバム。
アナログ盤(180g重量盤)
カセットテープ
CD
ちょっと長くなりますが、まずはアルバムの成り立ちを...
シュガーベイブ(73~76年)解散後、達郎はソロ活動へ。そのスタートにあたりシュガーベイブ時代には「限界を感じていた」というプロデュース、アレンジスキルを向上させる必要性から初ソロの計画として次の方針を掲げる。<[1]自身は作曲と歌唱に徹する[2]プロデュース、アレンジは他者に委ねる。[3]その際には、自分のルーツである60'~70'sのアメリカン・ポップスを理解したプロデューサーと組み、理想のアレンジャー、ミュージシャン、スタジオ、エンジニアでレコードを制作する。>。憧れのレコードに近づきたいミュージシャンなら同じ考えに至るかもしれませんが、その目的として考えていることが凄いのです。達郎曰く、「自分が聴いて育ってきたアメリカン・ヒット・パレードの真ん中で自分の音を鳴らしたら、一体どんなものが出来上がるのか。プロデューサー、アレンジャー、ミュージシャンからスタジオやエンジニアまですべて自分で指定して、その上に自分の曲と歌を乗せてみたら自分の予測値と現実はどのくらいの誤差が生じるか。」....“誤差”とはなんとも可愛げのない恐るべき23歳です…
そしてレコーディングはニューヨークで2週間(A面=CD(1)~(4))、その後ロサンゼルスに移動して1週間(こちらはB面=CD(5)~(8))のスケジュールで敢行。ニューヨーク編のプロデューサーは達郎憧れのフォー・シーズンズのプロデューサーであるチャーリー・カレロ。カレロをじゃじめ一流だがクセのあるミュージシャン連中に囲まれ決して居心地のよい環境ではなかったそうですが、音はバッチリ達郎のイメージ通りの仕上がりで、自分の美意識が間違っていなかったことにが証明されたことが、その後の音楽活動の励みになったそう。また、このニューヨーク編のエピソードとして有名なのはプロデューサー、チャーリー・カレロとの会話。カレロから好きなミュージシャンを質問され達郎はハル・ブレイン(50年代末から活躍したセッション・ドラマー。エルヴィス・プレスリー、ビーチ・ボーイズ、サイモン&ガーファンクル、フランク・シナトラなど名演数知れず)やバディ・サルツマン(こちらも名セッション・ドラマー・フォー・シーズンズのレコーディングで有名)の名を挙げたところ、カレロは「彼らは確かに1967年には一流だった。」とバッサリ。懐古に耽溺することを良しとしないカレロの発言が若き達郎をインスパイア。その後の達郎の音楽活動の指針に大きな影響を与える。つまりは<音楽シーンの最前線で己の音楽美学を貫くこと、オールディーズでなく普遍であること>..若き達郎のマインドチェンジを促したわけです。
そしてレコーディングの地はニューヨークからロサンゼルスへ。ニューヨークとは環境が全く異なっていたそうで、ロスは「ミュージシャンはフレンドリー、機材は古い。」若き達郎はここでも奮闘。プロデュースはジョン・サイタ―(ドラマー。スパンキー&アワ・ギャングの元メンバー)。しかしながらミュージシャンが達郎の求める音をだせないまま初日を終え、レコーディングの断念して帰国を考えるまでに追い込まれるも、サイタ―がコーラスとして参加を要請していたケニー・アルトマン(シュガーベイブに影響大なフィフス・アヴェニュー・バンドのメンバー!)に本職であるベースを頼むなど幸運にもメンバーチェンジがうまく運びピンチを脱出...かくしてアルバムは完成…
上記の通り、制作にあたってのエピソードが盛りだくさんな1stですが、達郎過去作を紐解いて行こうというリスナーにとっては後回しにされがち(制作エピソードに誌面を割いたのも、興味を持っていただけるきっかけになれば、との思いからです。)山下達郎に興味を持ったリスナーでも1stから順番に聴いていく..という方は少ないかも。入門盤としては、全体像を把握するのに最適なベスト盤『OPUS』、オリジナルアルバムなら、昨今のシティ・ポップ・ブームの世界的な評価が高まる名盤『FOR YOU』ってところでしょうか。
さらに言えば、その入門編かつ究極のベスト盤『OPUS』に収録されている本作『CIRCUS TOWN』の楽曲はなんと(2)「WINDY LADY」1曲のみ。『OPUS』がキャリア37年間オールタイムだから漏れた?と思いきや、初期6年間(RCA/AIR時代)に絞ったベスト『GREATEST HITS』でも選曲されるのは(2)「WINDY LADY」1曲のみ...とベスト盤からオリジナルアルバムへの導線が極端に細いのが『CIRCUS TOWN』の立ち位置。しつこくベスト盤『OPUS』収録曲比較を続けると『CIRCUS TOWN』“以前”のシュガーベイブは2曲、“以後”の2nd『SPACY』からも2曲収録。伝説的バンドとして再評価され続けているシュガーベイブ『SONGS』。細野晴臣、坂本龍一、村上ポンタら錚々たるメンツを集めた2nd『SPACY』が相手では部が悪いか...さらに卑屈に考えてしまうと、ソロでの国内録音としては初となる2nd『SPACY』にこそ、ソロ1stっぽい華やかさが宿っているしなぁ...と思えてきます....そうなると尚更、初ソロにして、後の達郎では考えられない現地ミュージシャンを起用した海外録音、という超然・孤高のソロ1st『CIRCUS TOWN』を贔屓にしたくなるのです。
そんな『CIRCUS TOWN』贔屓の私にとって本作の魅力はなんといっても若き達郎のほとばしる情熱的なヴォーカルです。ニューヨークでは一流のミュージシャンを目の前にして緊張のあまりろくに声もでなかった、という証言があるように、歌声はリラックスしたものではありませんが、逆に緊張をはねのけるかのようなギリギリ感、アメリカの一流に負けじとイキったフィーリングが本作独特で、そこを愛してやみません。特に(1)「CIRCUS TOWN」(2)「WINDY LADY」のリズムオリエンテッドなファンク~フュージョンを感じさせるソリッドな演奏にのる達郎のヴォーカルは文句ナシにカッコいいのです!達郎得意の歌いまわしといえば「Wow~」(一番有名なのは「クリスマス・イブ」の「♪サイレント・ナイト~(のあとの)Wow」ですね)その最高の「Wow」が聴けるのが(2)「CIRCUS TOWN」。、メインテーマがほぼ「♪ウォ~」か「♪ウォウォウォォ」...Wowだけで聴かせます。また(2)「WINDY LADY」では、地を這うようなたっぷりとしたグルーヴにのせて粘っこい達郎節が炸裂します。なかでもこの一節。「♪ぼっく の(僕の)ウィンディ」。「ぼ・く・の」の力み声にしびれます。そしてラストの(8)「夏の陽」。もうひとつの”ナツノヒ”ソング「さよなら夏の日」に知名度は全く及びませんが、メラメラと燃える夏の陽が見えてくるようなヤング山下の熱唱が本当に素晴らしい!ピンポイントなクライマックスとしてサビの頭「♪そうじゃな、いんだ」を推します!魅力は尽きない本作ですが、例えば有名曲「クリスマス・イブ」や「さよなら夏の日」、「RIDE ON TIME」あたりで山下達郎をイメージしている方にとっては、そこから遠いところにいた山下達郎を再発見できるアルバムと言えるかもしれません。特に、ブラックミュージック好きな方にとっては永遠のイケてる和モノでもあります。是非お聴きください。
<週刊ライドオンタイム編集部 ムラタツ>
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