Husking Bee
肉体性はそのまま、表現力の幅をとてつもなく拡げた新作『the steady-state theory』
HUSKING BEEの最新作『the steady-state theory』は、すべての人に自信をもってお薦めしたい、実に豊かなアルバムである。パンク/ハードコアを出発点としたバンドが、説得力を損なわずどうやって表現の力と幅を獲得していくか?──その理想的なシェイプがここにはある。
「今回は、自分はどう弾くか、それが相手に伝わってるか──曲を作ってるときからいちいちそれをやっていたんです。いままでだったらそのまま流れていっちゃう作業も、少し立ち止まって〈じゃあもうちょっとこうしてみるか〉って、スタジオの中で話してる時間も長かったですね」(工藤哲也、ベース)。
このアルバムでまず堪能できるのは、アンサンブルの有機的な充実だ。しかしそれは、洗練をめざしたり、異ジャンルのリズムやニュアンスを採り入れたり、といった多くの先例のようなベクトルではなく、興味や意欲の拡大はあくまでもHUSKING BEE流ロックンロール(と、あえて言いますが)の強化に作用している。しかしながら、単なる曲のヴァリエーションに留まらない、このモッツリ感はどうだろう!
「車の中で、誰と誰がどうした……みたいな日常の話をしてると、〈それはね、たまたまいま日本にいて、東京の世田谷通りをこうやって走ってるけど、モンゴルの草原に行ったっていっしょなんだから!〉っていうことを磯部(正文、ヴォーカル/ギター)くんがしょっちゅう言ってる時期があって。どこにいっても自分は自分のやりたいことをやりたいようにやれるっていうのがベストなんじゃないか、みたいな話はよくしてましたね」(工藤)。
「あと、時代に流されてない人──たとえばビョークだったりのことが、すごく去年くらいから気になって。あの人の言葉をインタヴューとかで読むと、なるほどなあと思うことがいっぱいあって、だからああいう音楽ができるんだなあ……っていうのが、このアルバム作ってるころに急速に強まった」(磯部)。
普遍的ななにか──磯部の意識の拡大がバンド全体を包み、それが14曲のヴァリエーションでアウトプットされているのがこのアルバムだ。とはいえ精神性に傾倒するのではなく、あくまでも肉体性は保たれたまま。それは、なにか生体的なエフェクターでも備えているかのような磯部の豊かなヴォーカリゼーションからも窺える。そう、今回は平林一哉(ドラムス)の青い色気を称えた声もいいアクセントとして、このバンドはヴォーカル・ミュージックとしても実に豊かな表情を聴かせてくれるのだ。
「僕が言うのもなんなんですけど、もともとパンク・バンドとして……みたいな感じの張った歌い方でツアー何本も回って。そういう元があっていまの磯部くんの声がある、それは大きいなと思ってます」(工藤)。
「正味な話、血が出てくるわけですよ、ツアー回ってると。それだけならいいけど声が出なくなったり……でもそのおかげで声は強くなって、いい結果だったんだなあって思います」(磯部)。
何年か後のHUSKING BEEがバンドのプライドを保ったまま――パンクの渦中から飛び出して表現の幅を広げていったいまのエルヴィス・コステロのように――世のOLさんたちの涙腺を刺激しているとしても、僕はちっとも驚かないんだけど。
カテゴリ : インタビューファイル
掲載: 2002年10月03日 17:00
更新: 2003年03月10日 12:00
ソース: 『bounce』 236号(2002/9/25)
文/フミ・ヤマウチ