インタビュー

Uzi


「いまあるものの対極としてハードコア・ヒップホップがこれから台頭してきますよ。いまあるものは必要悪なんですよね、俺らを引き立たせるための。日本でラップを広めてくれた功績は尊敬に値するけど、韻を踏めてれば何してもいいのか、っていったらそれは違うし。個人的には冒涜だと思ってます。ただ、軽いのは風で吹き飛ぶけど、重いのは風が吹いても飛ばされない」。

ゆっくりと落ち着いたUZIの語り口は、本人も認めるように自信に満ち溢れている。だが、その自信を得るまでの過程は、決して平坦なものではなかった。97年に初のソロ・シングル“ライト アイ”をリリースして順風満帆に見えたスタートを切るも、その後の作品は2001年まで待たねばならなかった。その4年の間には丸々1年間、完全にシーンから距離を置いていた時もあり、「マイクを置いてネクタイを締めることも考えた」という。しかし、彼は〈マイクしかない〉という決意と覚悟を胸にふたたびシーンに戻ってきたのだ。いまは、その空白期間こそ自分にとって必要な時間だった、と考えることができるという。

そうやって完成したアルバム『言霊』は、実にUZIらしい作品となった。彼が好む格闘技やサッカー、歴史をメタファーとして用い、UZIが思うヒップホップの本質や、人としてあるべき生き方までもを感じさせる太い内容だ。そこには日本男児的美学さえも漂うのだが、そのあたり、本人は意識しているのだろうか?

「無意識下から捻り出されてくるもので、意識はしていないですね。その人が経験してきたこと、感じてきたこと、勉強してきたこと、思ってることが自然と滲み出るのがラップだから。いまさら〈強えぜ〉とか強調したり、格好つけたいとかは全然なくて、素直に思ってること、感じたことを書こうとしてる。1曲も手を抜いてないし、意味のない言葉も無駄な言葉も一個も使ってない。だからこそ『言霊』だしね」。

フリースタイル巧者としても知られるUZIだが、使われている言葉は韻のために用意されたものではなく、日常で使い、人生経験のなかで蓄積されてきた言葉ばかりである。また、彼のリリックには英語が少ないのも特徴だ。

「英語は使いたくない、っていう意識はある。もちろん世界に向けて言ってるけど、だったらなおさら俺は日本人なんだから、日本語を使わないでどうするの、って思う。必要以上のものは使わない。ヒップホップは外来文化だけど、日本人なんだから日本の文化と歴史、伝統と習慣のすべてを知ったうえで海外の文化を採り入れられたらそんなベストなことはないし。日本のことも知らない奴が外来文化に影響されると、上辺だけの真似になっちゃうからさ」。

かつて、キングギドラと偶然出会い、それまでラップをしたこともなかったのに〈ライヴに出させてくれ〉と直訴した時からラッパー、UZIが誕生した。当時のことを「ワケがわからないまま」と語るUZIだが、いま、UZIにはすべてがはっきりと見えているようだ。

「すべて運命なんだ。ギドラと出会うことも決まってたと思うし、人は出会うべくして人と巡り会っていくものだから。いまの俺にはわからないけど、これから先の俺がどうなっていくのかも決まってるんだ。だけど、決まっていることって、自分の努力次第で良くも悪くもできると思うから、そのために今を一生懸命生きたいし、そういうことをラップで伝えていきたい。俺は俺だから変わらない」。

そういえば、何かで読んだことがある。〈宿命は変えられないけれど、運命は変えることができる〉ってことを。ここまでのUZIの道程は、途中、険しくもあった。だが、その運命も良い方向に切り拓いたからこそ、いまのUZIがある。そんなUZIの生き様と自信が詰め込まれた『言霊』。一本の揺るぎないスジの通ったアルバムだ。

PROFILE

九州は宗像の武士の末裔。96年、コンピ『続・悪名』に収録されたMt. F-Uzi feat. ZEEBRA名義の“マグマ沸騰”で初見参。同年にはYOU THE ROCKの“BOOM BYE BYE”にもフィーチャーされている。ZEEBRA率いるUBGに結成時から籍を置き、97年にはTOP RANKAZとして“INNER CITY GROOVE”を発表。同年のシングル“ライト アイ”でソロ・デビュー。その後はZEEBRA、GK MARYAN、DJ OASIS、LINO LATINA IIらの楽曲に客演し、2001年に久々のシングル“9mm”をリリース。2002年10月のシングル“Knock Out”に続いて、INOVADERやDJ DAIが参加したファースト・アルバム『言霊』(FUTURE SHOCK/ポニーキャニオン)がリリースされたばかり。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2003年01月09日 10:00

更新: 2003年01月22日 13:24

ソース: 『bounce』 239号(2002/12/25)

文/高橋 荒太郎

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