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インタビュー

ROMEO


ロンドンを中心にUK全土でセンセーションを巻き起こし、セックス・ピストルズ以降もっともメディアを騒がせたとも言われているソー・ソリッド・クルー。その中心人物であり、随一のモテモテ男ぶりを発揮しているロミオが満を持して日本デビューを飾る。クリスティーナ・ミリアンをフィーチャーし、メアリーJ・ブライジ“Real Love”をループしたシングル“It's All Gravy”はすでに日本でも話題だが、本国でのヒートぶりは想像もできないほど大きいようで……。

「明日また新しい電話番号をもらうことになっているんだ。しょっちゅうイタ電があってさ。弟に聞いて知ったんだけど、ヤツが通っている学校で、俺の番号を手に入れた女の子たちが、それを5ポンドとかで売ってるらしいんだ。メチャクチャだよ。もっと高い値段つけろよな(笑)」。

こんなエピソードにも事欠かないロミオだが、不良っぽさを醸す雰囲気とは裏腹に、その素顔は誠実そのもの。

「俺は凄く荒んだ地区で生まれ育った。妹と3人の兄弟と母親で2ベッドルームのアパートに暮らしていたんだ。だから、俺の夢は母親をそこから出してやることで、自分もそこから抜け出すことだった。それを実現するには2つ選択肢があって、ひとつはストリートでドラッグを売って儲ける悪の道、もうひとつはラップの道だった。そこで、俺はラップすることに決めたんだ。本能で音楽の道を選んだんだよ」。

母親の「自分を尊び、自分の夢を追う大切さ」という教えを守ったロミオが音楽に目覚めたのは、叔父の影響が大きいらしい。

「彼はサウンドシステムを持っていて、あのデカいノッティングヒル・カーニヴァルで毎年レゲエをプレイしていた。いつも俺をいっしょに連れてってくれてたんだけど、あるとき俺に〈お前もミックスをやってみろ〉と言ったんだよ。俺が言われるままにプレイしたら、13歳のガキのミックスで客がメチャクチャ盛り上がってさ。気付いたら2,000人もの観客に煽られていたよ」。

彼の才能はDJやMCのみならず多岐に渡り、自分自身でも早くからそれを自覚していた様子。しかしその一方で、彼が努力家であることも忘れてはならない。

「昔から言葉を並べることに長けていたんだ。ただ家でリリックを書いたり、鏡の前でライムすることは簡単さ。でも、実際スタジオに入ってやるとなると話は別で、努力と勉強が必要になってくる。だから、俺はもともと持っていた才能を活かし、スタジオに入ってめちゃくちゃ努力して、このアルバムを作ったんだ」。

ソー・ソリッドの作品と異なり「独りで曲を作る作業が多かった」と語る初めてのソロ・アルバム『Solid Love』には、よりパーソナルな彼の姿が反映され、スムースでメロウなテイストが随所で顔を覗かせる。
「本来俺はのんびりした性格で、まったりとした人間なんだ。ソロ作品なんだから、俺のそういう性格を反映した曲のほうが相応しいと思ったんだよ。ブッ飛んだロックな曲をやっても、それは俺じゃないからね。だから、俺自身に近いものを作りたかった。〈Keep it real〉だよ。真の姿に忠実なだけさ」。

当然のごとく今作にはメガマンら仲間たちのバックアップもあるわけだが、彼にとってのソー・ソリッド・クルーとは?

「俺の家族だよ。俺の母親と同じで、俺の鼓動。これがあるから俺は呼吸ができて、やっていけるんだ。いまも、そして永遠に失うことのない俺の家族だ」。

こうした家族、仲間との絆の強さが今回の『Solid Love』を生み落としたのかもしれない。最後にソー・ソリッドの新作について尋ねると、「UKでは今年の終わりに絶対出す。めちゃくちゃノリノリのアルバムになるよ。俺たちは津波のように戻ってくる。みんなのドギモを抜くことは間違いないぜ!」とのこと。う~ん、楽しみ!

PROFILE

ロミオ

サウス・ロンドン出身。13歳の時からDJを始め、友人のメガマンと共に活動。その後はジャングルやガラージのレイヴに出入りし、98年よりMCに転身。数々のパーティーで活躍するなかでメガマンと再会、ソー・ソリッド・クルーを結成する。独特のサウンドでUKガラージ・シーンを席巻したクルーは2001年のアンセム“21 Seconds”でポップ・フィールドでもブレイクを果たす。そのリードMCとして注目を集めたロミオは、2002年6月にシングル“Romeo Dunn”でソロ・デビュー。セカンド・シングル“It's All Gravy”もトップ10ヒットとなり、ソロでも人気を確立。同年末にリリースされた『Solid Love』(Relentless/Virgin/東芝EMI)がこのたび日本盤でリリースされたばかり。

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2003年05月29日 15:00

更新: 2003年05月29日 17:35

ソース: 『bounce』 243号(2003/5/25)

文/青木 正之