田中亜矢
〈本質〉をシンプルに表現するシンガーソングライター
田中亜矢は、2000年にデビューアルバム『sail』をリリースしたシンガーソングライターだ。同作は、ギター一本の弾き語りという簡潔なスタイルで録音された作品でありながら、瑞々しく豊穣な響きを持つ彼女のヴォーカルにピントが当てられたアルバムだった。当時もてはやされた〈うたもの〉というタームと、一部で囁かれた〈金延幸子の再来〉というキーワードが手伝って、じわじわとその名前を広めてきた。そしてこの6月に彼女は、約3年ぶりとなるアルバム『朝』を発売。Sugar Plantのオガワシンイチをプロデューサーに迎えて制作された本作は、前作の弾き語りというスタイルに比べ、ゲスト・ミュージシャンの参加やサウンド・プロダクションの面で大きな変化を見せた。
「今回のアルバムも、〈弾き語りでいいんじゃないか〉という思いもあったんです。でも完成度の高い作品を作るというよりは自分がどんな表現ができるのかを試してみたくて、他のプレーヤーと共演するというスタイルに決めました。さらに本人とは違う角度から客観的に全体を見てくれる人が必要だなと思って、Sugar Plantのオガワシンイチさんにプロデュースをに頼んだんです」
その試みは、新作でのシンプルさを保ちつつも空間に溶け込むように配置された各楽器と、彼女のヴォーカルとの調和を聴く限り、大きな効果を発揮しているようだ。また、「レコーディング前に〈なぜこの曲を書いたのか〉という根っこの部分について徹底的に考えることで、自分がやりたかったことを引っ張り出した」と語るだけあって、アルバム全体を通して彼女自身の客観的視点を感じることができる。
「前のアルバムを作ったときに初めて作曲をしたんですけど、最初は〈AメロとBメロとサビ〉みたいなものがなきゃいけないんじゃないかとか、いろんな固定観念にしばられて形にならなかったんです。でも、サビもないし歌詞も稚拙だけど〈これでもいいんだ〉と思えた瞬間から、曲作りができるようになったんです」
気負うことなく〈本質を表現したい〉という彼女の精神は、シンプルさの中に深い表現を求めた、数多くの先駆者たちの意思を引き継いでいるかのようだ。――といったら大げさなのかもしれないが、しかし、本作に収録されたキャロル・キングのカヴァー曲“Up On The Roof”や、ニール・ヤングのカヴァー・アルバムへの参加といった彼女の動きに、その片鱗を見つけることはそう難しいことではないだろう。
「私の中に、歌でしか表現できない、伝えられない何かがあるのかな、と思います。人と会話していて深く分かり合えたときにうれしい気持ちになるのと同じように、歌うことで知らない人ともすごく深いコミュニケーションができる。そんな感覚を求めて、歌っているのかもしれないですね」
・『朝』収録曲 1. 朝 (試聴) 2. Rose 3. 夏に消える 4. 降り注げない雨 5. ホワイト・リリー 6. ひるまの音 7. つま先まで 8. Up On The Rof 9. 闇夜 10 花が散って 11. いつまでも (試聴) |