インタビュー

ACO

幾重にも織り重なるACOの澄んだヴォーカル――2年ぶりとなる新作『irony』が咲いた!!


〈ここに新しく作る花は綺麗な花/毎日夢中になって眺めるだろう/飽きない花〉――“裏庭”より。

 前作『Material』から2年。丹誠込めて、水をやり、肥料を与え、育ててきたACOの音楽がニュー・アルバム『irony』でついに花開こうとしている。

「このアルバムを作るのに2年間かかったんですけど、いろいろなやりとりとか、自宅で歌を録るようになって、際限なくヴォーカル録りをやったりっていう作業 で時間がかかってしまって……今回は途中で止めてしまおうかなっていう瞬間もあるくらい大変でした。パッと聴き、時間がかかったものには聴こえないと思うんですけど、犬に聴こえる音とか普通じゃ鳴らないベースの音を入れたり……“lang”って曲では歌を60本とか重ねたり、もう馬鹿ですよね(笑)」。

 明滅するパルス音やクリック音、濃淡がしなやかに変化するストリングス、箏(こと)やカリンバ、そして、幾重にも重ねられた声……そうした楽器が空気を色づけるように響く本作は、恐らく、これまでのACOを知っている者に大きな驚きを与えるだろう。彼女はこの作品を作るにあたって、くるりの岸田繁をゲストに迎える一方、複数のコンピュータやソフトウェアを駆使した音と映像のユニット、portable[k]ommunityでも活動するAOAのパーカッショニストで、E-DAやV∞REDOMSのEYEとも共演している澤井妙治をサウンド・プロデューサーに起用しているが、そのことを次のように語る。

「彼は、作品のリリースはないんだけど、イヴェントにはよく遊びに行っていて。彼がやってることを見ると……確かに狂ってるというか、普通じゃない(笑)。ただ私は、10人いたら2人の人に聴いてもらえばいいとは思ってないし、やっぱり8人とか9人とか、なるべく多くの人に聴いてもらいたいっていう前提があるし、彼自身も多分そう思ってるんじゃないかな。〈今回はエレクトロニカとか音響とか、ビョークもやってる云々って言われるぜ〉って、ふたりで話していたんだけど、でも、まぁ、別にね。私は日本人だし、自分でメロディーを作ってるし、そう言いたければそれでいいんじゃない?」。

 そう語らずとも、すべてはそこに咲く美しい花のためであることを作品が伝えてくれる。先行シングル“町”で起用したアイスランドの3人組、ムームに関しても「結構前に私が作ったデモを聴いてもらっていたんだけど、去年、〈SUMMER SONIC〉で来日することになったから、その時に1週間くらい作業をして。彼らって音楽から想像すると絵本のなかの人たちみたいなイメージがあるじゃない? で、実際に会ってみたら、ホントにそんな感じでした。え? ムームの良さ? 音楽が可愛いし、すごく好きだから」と、その動機は至って単純だ。美しいものに惹かれるのに、動機や理由は必要ない。

「歌詞やタイトルにも個人的な意味がなくていいというか、聴いていて不快なものでなければいいなっていう気分がある。いろんな人に聴いてほしいっていうことを考えると、歌詞の意味はあんまり必要ないんじゃないかな」。

 この2年、遠い空の彼方では巨大なビルが一瞬のうちに瓦礫と化し、無数の爆弾が降り注ぐ――言葉を失う現実が広がっているが、〈優雅な生活こそが最高の復讐である〉ということわざではないけれど、だからこそ音楽はどこまでも美しくあり続ける必要がある。「私は生活を守ることで精一杯で……」ということ以外、彼女は多くを語ろうとはしなかったが、タイトルが『irony』であることを考えると、本作はそうした葛藤の末に生まれたものであると思わずにいられない。しかし、まずは、本作を心ゆくまで味わい、自由に感じてほしい。その自由を積極的に享受することこそが、このアルバムの最高の楽しみ方であると、筆者は考えている。

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掲載: 2003年07月03日 13:00

更新: 2003年07月03日 18:32

ソース: 『bounce』 244号(2003/6/25)

文/小野田 雄