明星 (Akeboshi)
Akeboshi――高校卒業後に渡英し、現在はイギリス・リヴァプールの音楽学校に通いながら音楽制作に取り組む、弱冠24歳の明星嘉男によるソロ・ユニットである。取材前の雑談で知ったところによれば、卒業論文の準備で多忙な日々を送っているという彼、そのテーマに選んだのはあのマシュー・ハーバート(ビョークの作品などにも参加しているDJ/ミュージシャン)だとか。ハーバートといえば、マクドナルドやGAPの紙袋を破く音をサンプリングするなど、諷刺の利いたパフォーマンスで、グローバリズムやマテリアリズムに対して一貫したアンチを唱え続けていることでも知られるが、音楽そのもののクォリティーが高く、かつそうした「わかりやすい主張がある」彼の姿勢にAkeboshiは強い共感を覚えるそうだ。
「実験的なことやメッセージ性の強いことをやっていて、なおかつポップだっていう、そのバランスがすごくいい。ほかに政治的主張を持っている人はパンクの世界なんかでもたくさんいるけど、大きく取り上げられないのって、結局、単純に音楽がつまらないからだと思うんですよ」。
もちろん、Akeboshiとハーバートの音楽性が酷似しているというわけではない。Akeboshiのニュー・ミニ・アルバム『White reply』から聴こえてくるのは、アイリッシュ・トラッドから影響を受けたというノスタルジックなメロディーとエレクトロニカ以降のサウンド・プロダクションが共存する、〈エレクトロニクス世代のシンガー・ソングライター〉とでもいうべき特異なサウンドだ。ただし、随所で使用されている、現実音をサンプリングして曲のなかに溶けこませる手法はあきらかに先述したハーバートの発想と相似形を成すもの。例えば、“MONEY”という曲では「1万円札を破いて、その音をサンプリングしている」そうで、そう話したそばからAkeboshiは一度破った後でセロテープで貼りつけた1万円札を財布から差しだして見せてくれた。僕が「これ、まだ使えますよね?」と尋ねると、「いや、でもこれは使ったら意味がないんですよ。曲のテーマが〈お金を使うことで生じる痛み〉っていうことなので、あえて自分のお金でやらないと」と切り返す。
「ほかにも、バケツとか灰皿とか段ボールとかでドラム・キットを作ってそれにマイクを立てて録ったり、あとはフライパンの音とか水の流れる音、鳥の鳴き声なんかもサンプリングしてます。要するに、いま自分の生きている状況そのものをサンプリングしてるっていうことですよね」。
こうした彼の音楽は、フォークトロニカやラップトップ・フォークといった既存の形容とともに語られることも多いが、彼はそれをやんわりと否定する。自分が作るものは「もっと物語性が強い」、と。確かに、意味や物語から自由になり、音と戯れることが優先されがちなエレクトロニック・ミュージックと彼の音楽との間には、一定の距離が存在するとは思う。
「僕の場合、1曲1曲全部言いたいことがあるんですよ。それを音で表現しているものがあれば、詞を書くことで主張しているものもある」。
例えば、アルバム・タイトル=『White reply』にはポリティカルな意味合いが込められていると言う。
「アルバム・タイトルは〈白旗の返答〉っていう意味で、〈9.11〉のテロ以降について書いてます。よく〈世界の憎しみの総量は変わらない〉って言いますけど、例えばあのテロのあとにブッシュが星条旗の代わりに白旗を掲げて〈ここで戦いをやめろ、終わりにしよう〉って言っていたら、確実に憎しみの総量は減っていたと思う」。
ただし、「言いたいことはあるけど、それだけじゃなくて、音楽そのもので納得させるだけの力を持つことが重要なんです」とも彼は繰り返す。Akeboshiが書く曲は、歌詞がどれほどラディカルな主張を含んでいても、決して頭でっかちではなく、むしろ明快かつキャッチーですらあることは、強調しておくべきだろう。
PROFILE
Akeboshi
78年、神奈川県横浜市生まれ。3歳からクラシック・ピアノのレッスンを受け、13歳になるとバンド活動をスタート。パンク・バンドや地元での弾き語りといった活動を経て、99年にイギリス・リヴァプールの音楽学校に入学し、現在も同地に在住。音楽活動も継続して行い、2002年8月にはファースト・ミニ・アルバム『STONED TOWN』を発表。フォーキーなサウンドにエレクトロニカとアイリッシュ・ミュージックのテイストを加えたユニークなサウンドが注目を集め、インディー作品ながらロングセラーを記録する。 このたび、タワーレコード渋谷店で先行リリースされ、記録的なヒットとなったニュー・ミニ・アルバム『White reply』(DA・LEMANS)が全国リリースされたばかり。